犬の雷への恐怖心に影響する要因は? 日本の研究より


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犬にとって日本の夏は厳しい季節。気温が高いだけでなく湿度の高さも相まって、熱中症の発症には十分に気をつけて生活する必要があります。熱中症だけでなく、もうひとつ、飼い主が気を揉むことになるのは雷。雷を怖がる犬と暮らす飼い主は、ゲリラ豪雨をもたらすような突然の雷雲(積乱雲・入道雲)の発生に敏感になることでしょう。

日本でもっとも多く雷が発生するのは8月で、もれなく落雷の被害も多く発生するため、夏に雷が発生するイメージがあります。しかし、夏場に雷が多いのは主に太平洋側で、北陸や日本海側においては11月〜3月の冬場にも多く発生していることは意外に知られていないかもしれません。

このように、雷の発生しやすい季節は地域によって違いがありますが、やはり夏場に雷はつきもの。雷と並んで犬が恐怖を抱きやすい花火とは異なり、雷は発生日時がわからない自然現象です。雷への恐怖は犬種、年齢、病歴、生活環境など複数の要因に影響されると考えられていますが、雷を怖がる犬は花火や騒音など音全般への過敏性が高く、これらの恐怖は併存しやすいことが示唆されています(以下の記事を参照)。

怖がりな犬についての大規模調査~フィンランドの研究より
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そして騒音への感受性は、痛みなどの疾患と関連があることも報告されています。

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雷や花火、銃声などの騒音に対する恐怖行動は、広く犬にみられるものです。最近では2020年のフィンランドの犬のあらゆる不安特性を調査した研究で、13,715頭の32%に騒音過敏性があり、犬にもっとも一般的な不安特性であることが示されています。その研究では騒音への恐怖には犬種差があり、騒音への恐怖は遺伝しやすい形質であるとするそれまでの研究を裏付ける結果となっています。また、その後発表された同じくフィンランドのヘルシンキ大学の2020年の研究でも、各騒音に対する犬種差がはっきりと出ていました(下図参照。詳細は「愛犬をビビリにしないためのライフスタイルは?」を)。

[image from Scientific reportsFig2 a] 雷への恐怖は犬種間で大きく異なる。左ほど雷に対する恐怖を抱きやすい犬種、右に行くほどその可能性が低くなる。

過度な怖がりであるために犬の生活の質が低下しやすくなるのを読者の皆さんならよくご存知ですよね。特に、雷恐怖症は遺伝的要因が強く、いつ発生するともわからない雷は、飼い主がサポートしきれない部分もあり、怖がる犬だけでなく飼い主にとってもストレスを感じるものでしょう。そこで、東京農工大学の研究者らは、雷恐怖症に影響する要因をより理解し、予防や管理に役立てるべく情報を得るため、オンラインアンケートを実施しました。


[image by Adobe Firefly]

犬の雷恐怖症、興味深い二つの関連性が

研究者らは、2つのセクション(犬の人口統計学的情報や生活環境、トレーニング歴などへの質問と、雷に対する恐怖に関するや飼い主の反応などへの質問)で構成されたアンケートを使用し、1,326頭の犬についての有効回答を得ました。

犬種は柴犬230頭、トイ・プードル125頭、チワワ91頭、ミニチュア・ダックスフンド52頭、その他の犬種・雑種犬が828頭となっていました。1,326頭のうち、現在雷を怖がっている犬は578頭、全体の43.6%でした。そのうち331頭(25%)は飼い始めた当初から雷を怖がっており、247頭は(18.6%)は年齢とともに恐怖を感じるようになっていったそうです。一方、雷を怖がらないと答えた犬の748頭(56.4%)のうち、一度も雷を怖がったことのない犬が658頭(49.6%)、過去に怖がっていた犬が90頭(6.8)でした。これは、犬の約半数が一度は雷を怖がったことがある、ということを示しています。

雷を恐れる行動としては、震えがもっとも多く、次いでペーシング(歩き回る)、飼い主の近くにいる、パンティング、隠れる、声を出す、食欲不振、よだれを流す、不適切な排泄、破壊行動、自傷行動が報告されました。これらは、これまでに報告されている典型的な恐怖関連行動と同様です。

年齢については、歳をとるにつれてより恐怖心が強まっていたものの、高齢犬(13歳以上)になると恐怖心が薄れていました。このことには、加齢に伴う聴力の低下が関係しているものと考えられます。

犬種においては、上記、柴犬、トイ・プードル、チワワ、ミニチュア・ダックス、その他というカテゴリ分けでの解析が行われ、もっとも雷への恐怖が低かったのはミニチュア・ダックスで、トイ・プードルにおいてもそのほかの犬種よりも有意に恐怖レベルが低いことが示されました(柴犬、チワワ、その他の犬においてはほぼ同じ程度の恐怖レベル)。これについて研究者らは、何らかの遺伝的な影響が考えられると考察で述べています。ミニチュア・ダックスは対象となっていなかったものの、先に示したフィンランドの研究でもミニチュア・プードルの雷への恐怖はもっとも低かったことが示されており、今回のトイ・プードルの結果と共通する遺伝的な背景がある可能性が考えられます。

この研究において、雷恐怖症は住環境と飼い主の行動とに関連性がみられたことは興味深い結果です。住環境については、一軒家に暮らす犬の方がマンションに暮らす犬に比べて雷恐怖の可能性が高くなることが示されています。これは、木造の一戸建て住宅の多い日本において、一軒家は鉄骨鉄筋などのマンションに比べて遮音性に劣ることが影響している可能性があると研究者らは考察しています。

さらに興味深いのが、飼い主が雷に対して恐怖心を抱いている場合、そうではない飼い主に比べて犬が雷恐怖症である可能性が高くなっていたことです。犬は飼い主の表情やにおいから感情を読むことや、飼い主の感情状態から影響を受けることはいくつもの研究で示されており、この結果もさもありなんだと思います。ちなみにこれまでに、犬は飼い主のストレスを長期的に受けることや、飼い主の性格特性が犬の問題行動の改善に影響することなども研究により示されています。

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今回の研究からは、雷の発生頻度の地域差や社会化期の雷の経験頻度と、雷への恐怖心とには有意な関連性は認められませんでした。


[image by Kira_Yan] 花火が苦手な犬も雷同様に多い。それを知らずに愛犬を花火大会に連れて行こうとする人が身近にいる場合には、ぜひともやめるように伝えていただけたらと思う。

さて皆さん、雷を怖がっていませんか?

今回紹介した研究は、日本の気候条件の中で生活している飼い主の皆さんにとって有効なデータであると思います。もし愛犬が雷を怖がるようであれば、愛犬の恐怖心を和らげるために、まずは自分自身が怖がったり緊張したりしないよう心がけてみるのも重要かもしれません。その辺りの影響を犬がどの程度受けるかについては、愛着関係の違いや犬種の違いによっても異なってきそうです。

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最後に、前出のヘルシンキ大学の研究で示された雷恐怖との関連要因を今一度ここに紹介しておきます。

  • 10歳まで増加し、その後減少していく
  • 社会化経験の乏しい犬の方が怖がり
  • アクティビティやトレーニングへの参加頻度が低い犬の方が怖がり
  • 家庭に犬が1頭だけの場合の方が怖がり
  • 雌雄差なし
  • 1日の運動量が3時間以上の犬は、1〜2時間または2〜3時間と比べて雷恐怖が高い
  • 大型犬より小型犬の方が雷恐怖が高い(中型と小型、中型と大型の間には有意差なし)

雷を怖がる愛犬と暮らす飼い主の方は、少しでも愛犬が雷を怖がらなくなれるよう、このような研究を参考に改善を試みてはいかがでしょうか。

【参考文献】

Factors influencing the development of canine fear of thunder. Applied Animal Behaviour Science. Volume 270, January 2024, 106139

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