文と写真:藤田りか子
うちの犬、3頭全員パスポート持っている!
ヨーロッパには犬パスポート(ペットパスポート)なるものがあるのをご存知だろうか?このパスポートを持っていればEU諸国内の移動は検疫なしにスムーズに入国できる。そう、パスポートといってもそれは「必要な予防接種がきちんと施されているか」についての証明書なのである。犬パスポートを発行するのは入国管理局ではなく獣医師の元。パスポート作ってください、といえば簡単に出してくれる(もちろん費用はかかる)。ただしマイクロチップが犬に施されているのが条件、それによって個体識別が可能となるからだ。
EU諸国で発行されるペットパスポート。犬にもならず、猫、フェレットにも適用される。
EU圏内の出入国に必要なのは、狂犬病予防接種(接種から最低3週間以上経過していなければ有効とはならない)。もちろんワクチンだから有効期限があり、それはパスポートに獣医師によって記されている。こちらでは3年毎が普通だ。
ところで筆者が住むスウェーデンの隣国ノルウェーはEU国ではないが、ここでも入出国に犬パスポートが必要となる。ノルウェー入国にはエキノコックス駆除薬が獣医師立ち会いのもとで投薬されているのが条件。その記録もパスポートに記されることになる。ただし、スウェーデンに住んでいる犬であれば、ノルウェー入国に際して狂犬病ワクチン接種は不要。北欧では狂犬病予防接種は義務ではない。よってほとんどの犬はこの接種を受けておらず、飼い主の間でも「できるだけ受けさせたくない」という空気がある。我が家も、国外に出るにあたって初めて予防接種を受けさせる、という感じだ。
パスポートには予防接種の記録が記されている。
話を戻そう。ヨーロッパ内の陸路の旅では、人も犬もほとんどパスポートの提示を求められることはない。国境越えは日本のそれと違ってかなりあっけない。個人の乗用車であればほぼノーチェック。だが実はここが危ないのだ。何もチェックを受けない、ということに慣れ切ってしまい持参するのをうっかり忘れてしまう、というのも起こりやすいからだ。
以前、デンマークに旅行した際がそれであった。犬パスポートを持ってきてないのに気がついたのは、デンマークへのフェリーに乗り込んだあと。今さら戻るわけにはいかない。運がいいことに、デンマークへの入国の際においてはノーチェックで通過。だが怖いのはスウェーデンへ帰るときだ。というのもスウェーデンには東欧からパピーミルの犬が多く密輸されており、ゆえに車内捜索を受けることもある。しかしこのときもチェックを受けずに済んだ。ほとんどのケースでパスポート提出を求められないものの、いざ所持してないと、これはほんとうにドキドキなのである(パスポートを持っていないことが発覚すれば国に犬を連れて入ることは不可)。
ノルウェーとスウェーデンの国境。たいていはノーチェックでスイスイと国境を越えることができる
この出来事からすっかりナーバスになってしまった私は、たとえ犬パスポートを持参していても、国境で見張っている警察官を見る度にドキドキしてしまうようになった。先日の帰国のときがまさにそれ。ハンガリーで犬のトレーニングと競技会に参加した後の長い車旅の帰路であった。デンマークから橋を渡ってスウェーデン側に着いたら、警察官が立っていた。たいていの車はみな検問を受けずに通過していたのだが、なぜか私の車に対してはストップが命じられた。警察官は「窓を開けて」と言って車内をチェック。そして
「犬がいるんですね。犬のパスポートを見せてください」
と言うではないか。え、人のパスポートじゃなくて?もちろん今回はどちらも忘れずに持ってきているからビビることもないのだが、とたんに震え上がってしまった。見せろと言われてもいない自分のパスポートを出し、犬のパスポートを手渡した。警察官がパラパラとページをめくって確認をしているのを見ながらふと
「まさか、間違ってラッコのパスポートを持ってきてないよな…」(今回はラッコは友人に預けて、ミミチャンとアシカを道連れに)。
とか
「えっと、アシカの予防接種はまだ有効だったと思うけど、まさか…?!」
などといろんなことについて急に不安が湧きおこった。そんなもの旅の前にチェックしろ!と思われるかもしれないが…。
「はい、OKです」
と犬のパスポートを返してくれ「やれやれ」と車に戻り席についたら、自分のパスポートが手元にないことに気がついた。もしや国境警察官に渡したまま受け取り忘れたのか!?そこで、先ほどの警察官のところに戻ろうとしたら横で見張っている別の警察官に怒鳴られた。
「そこに駐車してはいけません!」
私は「しかし…」と言い訳し
「忘れ物したかもしれないので、チェックを受けた警察官のところに行くんです」
と車を出て検問所に走り行こうとしたらさらに怒鳴られ、その人は私を捕まえるそぶりを見せた。さすが国境警察官の反応はテレビで見る通りかなりピリピリしたものであった。
「きゃー怖い、これじゃ私、まるで犯罪者扱い!」
と慌てふためいて車に戻った。そして席につきふと足元を見た。自分のパスポートが床に転がっていた。
「あははは、なーんだ」
すっかり動転してしまった自分に苦笑だ。冷や汗冷や汗。それにしても何も悪いことをしていないのに、なんという罪悪感!それもこれも
「もし犬パスポートを忘れて、警察官にチェックを受けたらどうしよう!」
を恐れて勝手に妄想していたためなのだ。国境で見張っていた警察官も、そういう心理を車窓越しとはいえ私の顔に読み取ったのに違いない。だから車を止めたのだと思う。むむ、プロである。
いやはや、私にはとうてい大きな嘘はつけそうもない。根っからの小心者だ。そして犬のパスポートは絶対に絶対に忘れてはならない、と今回強く肝に銘じたのであった。チェックしないなんてことはない。やっぱり国境チェックはあるのでした…。
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