小型犬に多い膝蓋骨脱臼(パテラ)、日本での発症状況は?

文:尾形聡子


[Image by sharkolot from Pixabay]

バブルの頃、大型犬の人気が高まり問題になったのが股関節形成不全という病気でした。症状が重ければ歩くのもままならなくなるため、当時は大型犬の飼い主の間ではかなり気にされていた病気だと記憶しています。その後人気が小型犬に移り、股関節形成不全の話はあまり耳にしなくなってきたものの、今度は小型犬に発症しやすい別の整形外科疾患の膝蓋骨脱臼(通称パテラ*)と呼ばれる病気が身近にみられるようになりました。皆さんはスキップするように歩いている犬の姿を目にしたことはないでしょうか?

*膝蓋骨脱臼のことを通称で「パテラ」と呼ぶことが増えていますが、パテラ(patella)は膝蓋骨そのものを指す言葉です

今回は日本の犬に膝蓋骨脱臼がどの程度発症している状況なのか、日本の犬を対象とした研究を紹介したいと思います。

冒頭に挙げた股関節形成不全、そして膝蓋骨脱臼のいずれも遺伝性・家族性が認められる病気ではあるものの、特定のひとつの遺伝子変異が原因で発症する「単一遺伝子病(メンデル遺伝病)」ではありません。これらの病気は「多因子遺伝病(多因子性疾患)」で、複数の遺伝子変異と環境要因とが組み合わさり発症する病気です。一般的に発症する病気のほとんどは、遺伝要因の割合こそさまざまですが、何らかの形で遺伝的な原因が考えられるものです。多因子遺伝病は複数の遺伝子が発症に関与しますが、単一遺伝子病と比べるとそれぞれの遺伝子の影響はそれほど大きくありません。

したがって、このような病気は単一遺伝子病のように遺伝子検査をして簡単に「発症する・しない」がわかるものではありません。家系での発症状況や症状のグレードなど細かくデータをとっていき、それを繁殖の際に活かしていく方法で病気の発症を減らしていく必要があります。

膝蓋骨脱臼とは

膝蓋骨脱臼とは「膝のお皿の骨(膝蓋骨)」を意味する英語で、そのお皿が正常な位置から内側あるいは外側にずれる(脱臼)状態のことをいいます。小型犬に多くみられるケースは先天性あるいは、発育性の内方脱臼です。後天的に外傷によって生ずることもあります。重症度はさまざまで、一般的にはSingleton分類と呼ばれる分類方法によって、4つのグレードに分類されています(グレード説明:ペット保険のアニコム損害保険株式会社サイトより)。

グレード1:膝蓋骨は正常な位置にあり、膝をまっすぐ伸ばして膝蓋骨を指で押した場合には脱臼を起こしますが、離すと自然にもとの位置に戻ります。無症状なことがほとんどですが、たまにスキップのような歩行をすることがあります。

グレード2:膝蓋骨は通常、正常な位置にあるのですが、膝を曲げると脱臼してしまいます。脱臼した膝関節は、足をまっすぐにしたり指の力で押さないと元には戻りません。あまり日常生活に支障はありませんが、脱臼しているときには足を引きずるようにして歩く跛行(はこう)がみられます。時間の経過とともに、膝の靭帯が伸びたり骨が変形を起こしてしまうと、グレード3に移行してしまう場合があります。

グレード3:通常、膝蓋骨は脱臼したままの状態となり、指で押した場合に、一時的にもとの位置に戻ります。跛行も顕著となり、腰をかがめ、内股で歩くようになります。骨の変形も明らかになってきます。

グレード4:膝蓋骨は常に脱臼した状態となり、指で押しても整復できません。骨の変形も重度となり、足を曲げてうずくまるような姿勢で歩いたり、地面に足を最小限しか着けないような歩き方になったりします。


[Image by Thorsten Schulze from Pixabay]

有病率がもっとも高い犬種はトイ・プードル

膝蓋骨脱臼は重度になると痛みや思うように動けないことからストレスも強くなり、毎日の生活の質に悪影響を及ぼす病気で、根本的に治療するには外科手術が必要になります。小型犬に発症が多いということは、日本の現状を考えると発症する犬の頭数も増加傾向にある可能性があるかもしれません。はたして日本の犬にどの程度見られる病気なのでしょうか。

ペット保険のアニコム損保と理化学研究所の共同研究により、9犬種1,174の同腹子の2,048頭の子犬を対象に膝蓋骨脱臼の罹患率と遺伝的影響についての調査が行われました。対象となった9犬種は多い方からトイ・プードル577、チワワ359、ミニチュア・ダックス286、柴228、ポメラニアン163、ヨークシャー・テリア137、マルチーズ137、ゴールデン・レトリーバ−103、ラブラドール・レトリーバー86で、検査時の平均年齢は43日齢(22〜77日齢)でした。

左右の罹患状態を同腹子から1頭ずつ無作為に選択して調べると、1,174頭の子犬のうちの205頭(17.5%)は両足に発症、33頭(2.8%)は片足いずれかに発症、936頭(79.7%)は発症していませんでした。両足に発症する割合の方が片足と比べて圧倒的に多いことが示されています。

同じ1,174頭の子犬について犬種別に罹患率を見てみると、全体で20.3%の犬が罹患していて、もっとも罹患犬が多かったのがトイ・プードルで38.1%、つづいて柴で34.9%、ポメラニアン26.9%となっていました。詳細は以下の図をご覧ください。ちなみにどの犬種においても性差は見られませんでした。


[The Journal of Veterinary Medical Science. Table1を改変] 9犬種における膝蓋骨脱臼のグレートとその割合。

続いて研究者らは膝蓋骨脱臼の遺伝的な影響を調べました。すると、罹患率トップのトイ・プードルは同腹子に発症した個体(グレード1以上)がいる場合には、他の犬における発症リスクが6.3倍高いことが示されました。グレードを2以上にして同様に解析を行うと、罹患した犬がいる同腹子の発症リスクは16.2倍にもなることがわかりました。

これまでの研究ではトイ・プードルをはじめヨークシャー・テリアやポメラニアン、チワワなどで膝蓋骨脱臼の発症率が高いことが示されてきましたが、今回の結果を見ると小型犬であっても大きく罹患率が違うことがわかります。たとえば罹患率の高かったトイ・プードルが38.1%だったのに対し、同じく小型犬のマルチーズは研究対象犬種の中でもっとも低い2.1%となっていました。

また、同年の2018年に発表された、チワワとビション・フリーゼを対象としたスウェーデンの研究によれば、チワワの有病率は23%と報告されています。この研究ではスコアリング(0〜3で評価される)方法を使っているのと、少なくとも生後12ヶ月以上になってから検査されているなどの違いがありますし、そもそも国が違うと同じ犬種でもその犬種が持つ遺伝子プールが異なることがあるため、有病率も変わってくることは大いに考えられます。ただし、いずれにせよこの研究においても膝蓋骨脱臼の発症には遺伝的要因が寄与していることが示されています。


[Image by Валентин Симеонов from Pixabay]

今回の研究を行った獣医師の井上舞先生にお話しを伺ったところ、次のようなコメントをいただきました。

この研究では日本の犬のデータを用いて、膝蓋骨脱臼は遺伝性疾患であり、犬種ごとにリスクが異なる、ということを明らかにしました。新しく犬を迎える際にはその犬が子犬のときに膝蓋骨脱臼を発症していなければその後大きく問題になることはそう多くはありませんが、もしその後、その子犬を生ませる可能性がある場合には、膝蓋骨脱臼は遺伝子検査でリスクがわかるものではないのでその両親までさかのぼって発症していないか確認することをお勧めします。

膝蓋骨脱臼はグレードが軽い場合は、日常生活にはそれほど支障はありませんが、重症になると関節が外れっぱなしになってしまい、痛みもひどく歩けなくなることもあります。今回のデータから、日本の犬は5頭に1頭は膝蓋骨脱臼を持っている、非常に多い病気だと言えますので是非皆さんに正しい知識を持っていただきたいと思います。

【参考文献】

Evidence of genetic contribution to patellar luxation in Toy Poodle puppies. The Journal of Veterinary Medical Science. 2019 Apr 16;81(4):532-537.

アニコム損害保険株式会社 ニュースリリース

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