文と写真:尾形聡子
タロウを今年2月に見送って以来、ちゃんと本を読んでいなかった。特に小説を。虚構の世界の中に入るには、自分の気持ちが追いつかないかもしれない。思いもよらぬ展開に変に触発されてよからぬ方向へ落ち込んでしまったらどうしようという漠然とした不安があった。しかし、久々に手に取った本はよりにもよって犬の本だった。
その本の著者は馳星周(はせ せいしゅう)。若かりし頃勤めていた会社で馳さんの「不夜城」が映画化され、彼を知ることとなった。久しぶりに聞いた名前だなあと懐かしく思った。本を薦めてくれたのはその時の上司。聞けば、馳さんは犬好きがこうじて軽井沢に移り住み、2頭のバーニーズ・マウンテン・ドッグと暮らしているという。
馳さんはそんなにも犬が好きだったんだ、いったいどんな犬の小説なのだろう?と興味を持ち、すぐさま本を注文した。『少年と犬』という本だ。今年直木賞を受賞したこともあり、すでに読んでいる方もいるのではないだろうか。
届くやいなやページをめくり始めた。大まかな内容は上にある馳さんのインタビューリンクの中にあるのでそちらを参考にしていただければと思うが、東日本大震災で飼い主を亡くしたジャーマン・シェパード系雑種のオス犬「多聞」がひとり、何年もかけて宮城から西を目指して旅していく話だ。その道すがら出会う5人、そして目的地でついに出会うことができた少年の合計6人と多聞との関わりが、それぞれの人の生き様とともに描かれている。
犯罪者を主人公に据えた作品が多く、ハードボイルドや現代ミステリーの要素などがまざったノワール小説(暗黒小説)のジャンルでは屈指とされる小説家なだけあり、「少年と犬」にでてくる登場人物は決して幸せな身の上ではない。犯罪者もいるし外国人もいる。西を目指して放浪する多聞と偶然にも出会った彼らは瞬く間にその犬に惹かれ、心のつながりをつくろうとしてゆく。そして多聞は真っ直ぐに彼らを見つめ返し、静かに穏やかに受け入れる。犬にとっては人の社会的ステイタスなどまったく関係ないのだ。
多聞は彼らの心の中にすぐに入り込み、ひと時の安心や幸福をもたらした。出会ってすぐに心を通わせる様子を自然な流れで綴る馳さんは、犬がどんな生き物なのかをよく知っていて、犬好きな人が犬のどんなところに惹かれるのかもよくわかっているのだろう。さすがは無類の犬好き、そして作家ならではの観察眼の細やかさが素晴らしいと感じた。
読み終えてから、16年一緒だったタロウはもちろん、これまで実家で暮らしてきた犬たちとの温かい思い出がふんわりと蘇ってきた。間違いなく彼らは、いまも私の中にいてくれている。うまい言葉が見つからないが、小説の中に出てきた「守り神」という言葉がそれを表す一つなのかもしれない。