文:北條美紀 写真:藤田りか子
先日、IASC(Inter-Agency Standing Committee:国連の機関間常設委員会)が作成した「新型コロナウイルス流行時のこころのケア」というノートが発表された。その中で、「メンタルヘルスと心理社会的支援(Mental Health and Psychosocial Support:MHPSS)という用語が用いられており、そこではそれを「心理社会的な健康を守り促進すること、またメンタルヘルス問題を予防したり治療したりすることを目指した、現場や外部からのあらゆるタイプの支援」と定義している。
MHPSSは、新型コロナウイルス流行時のような、危機的事態に対応しなければならない多くの関係者に協力してもらうために用いられる。着目すべきは、「適切な支援を展開していく際の、多様で、相補的なアプローチの重要性」が強調されているところだ。
と、なにやら小難しい導入となってしまったが、どうか続けて読んでいただきたい。このノートの中には「家族」や「パートナー」という言葉が何度も繰り返し使われている。あくまでもそれは人間のメンバーを指していると思われるが、家族の一員であるペットを含めて考えてみることで、改めて見えることもあると感じたのだ。
ということで、ノートの中でペットを含めて考えたときに関連しそうな箇所をいくつかピックアップして、言葉を書き加えてみようと思う(安易な擬人化はNGという指摘は甘んじて受けます)。下線部が追加部分となる。
「新型コロナウイルスに対して普通にみられる反応」として
- 大切な人やペットを守れないのではないかという無力感
- 検疫体制のために、大切な人や養育者、ペットから引き離されるのではないかという恐れ
「新型コロナウイルス流行時に絶え間なく続くストレス要因による影響」として
- 子どもや配偶者、パートナー、他の家族(ペットを含む)に対して怒りや攻撃性が向けられる可能性(家族やパートナー、ペットに対する暴力の増加)
「実施されるべき14の重要な活動概要」として
- 感染症対応の際には、いつもメンタルヘルスや心理社会的な配慮を取り入れましょう。女性や女児、ペット、とりわけその中でも暴力の支配下にあったり、その危険性のある人には、心理社会的サポートにアクセスできなくなる因子を考慮し、その排除に取り組みましょう
「子どもたちのストレス対処を支援するためのメッセージと活動」として
- 子どもたちやペットのいる場所では、思いやりや気遣いに満ちた環境づくりを目指してください。子どもたちやペットは大人の愛情を必要としており、困難な時には尚一層、子どもたちやペットに注意を払うことが必要です
- もし子どもやペットが主たる養育者から離れなければならない場合は、子どもやペットのケアをできる適切な代わりの人や、定期的にその子どもやペットをフォローアップできるソーシャルワーカー、あるいはそれらを行える人を確保してください
- 子どもたちやペットが養育者から離されている場合は、定期的に、かつ頻繁に連絡を取り合えようにし、安心感を保てるようにしてください。子どもやペットに対するすべての安全保護対策がとられていることを確認してください
「家庭で隔離・検疫中の人に対して健康と安心を支える活動」として
- 必ずしもすべての女性やペットにとって家庭が安全な場であるとは限らないこと、また安全な場所にアクセスし、迅速に安全を確保するために、情報が役立つことを理解する
このように並べてみると、飼い主は、大切なペットを守りたい、いつものように一緒にいたいと願っていて、当然の心理的反応として、それが叶わないことに不安や恐れを感じている。そして、万が一、引き離されてしまう可能性があると感じたときには、ペットの安全が確保されるという保証がなければ、受診や入院を遅らせかねない。
それを避けるためには、「どこに支援を求めれば良いのか、その時に備えて計画を立てておく」ということが大切になる。ここ最近、天災が相次いだことで避難する際のシミュレーションをした方は多いだろう。同様に、このような感染症に対して社会からどんな支援が得られるのかについての情報を得ておくのも、今できる行動のひとつだ。
また、MHPSSのいう協力してもらうべき「多くの関係者」の一員として、動物の専門家の存在も、常に念頭に置かれていなければならないと思われたのではないだろうか。MHPSSの中には、獣医師やドッグトレーナーとの関わりも含まれてくるだろう。これを機に、そんなチームの実現に少しでも近づけたらいいと思うのだ。
実は、このノートのそこここには暴力に対する懸念が記されている。実際、既に各国から家庭内暴力(DV)被害の増加が報告されており、国内でも相談体制の強化が行われている。
外出禁止や自粛によって、DV加害者が自宅にいる時間が増えれば、既に存在しているDVは深刻化し、潜在的なDVも顕在化する。そして、DVと動物虐待との関連性は、以前から示唆されているのはご存知の方も多いだろう。ただでさえ、コロナへの感染によってペットと引き離されることに不安や恐れを感じるというのに、その上、虐待によってペットが傷つけられる恐れが加わるとなれば、自分自身の受診などままならない状況に追い込まれることが考えられる。
次回は、この状況下で増加する可能性の高い動物虐待について詳しく考えていきたい。
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文:北條美紀
臨床心理士・公認心理師。北條みき心理相談室運営。十数万時間のカウンセリングを重ねた今でも、人の心は未だ分からず、知りたいことだらけ。尽きない興味で、日々のカウンセリングに臨んでいる。犬と人との関係を考えるために、犬に関わる人間の心理学的理解が一助にならないかと鋭意思案中。
北條みき心理相談室:www.hojomiki-counseling0601.jp