文:北條美紀
[Photo by võ thành đạt ]
何で人は犬を飼うのか。進化的には、犬を飼うことによって人の生存率が上がったからということだろう。では、なぜ生存率が上がるのか?その理由として、その昔は狩猟を手伝ってくれていたことが挙げられる。だが現代では、犬を飼うと人が健康になるとか、病気の罹患率が下がるとか、孤独じゃなくなるとか、いろいろな説がまことしやかに紹介されている。
が、ここでは、私の専門分野である人の心理学的な視点、基本的欲求の充足という観点から、犬を飼うことの意味を考えてみたい。人間性心理学の生みの親、アブラハム・マズローは「人は自己実現に向かって絶えず成長する」という考えのもと、欲求の五段階説を提唱している。ピラミッド型を成していて、一番下の階層から、①生理的欲求、②安全の欲求、③社会的欲求と愛の欲求、④承認欲求、⑤自己実現欲求となっている(下図参照)。人は、基本的にこれらの欲求を満たしたいと動機づけられていて、最終的には自己実現(自分の能力や可能性を最大限に発揮する)に向かうと考えられている。
マズローの欲求の五段階説の図。このようなピラミッド、皆さん一度は目にしたことがあるのでは?
それぞれの欲求について簡単に説明してみよう。
①生理的欲求とは、生命維持の欲求で、食欲、睡眠欲、排泄欲などがこれにあたる。健康でありたいという欲求も含まれる。
②安全の欲求は、身体的・環境的・経済的安全や安定、不安からの自由や秩序ある社会などを求めるものだ。
③社会的欲求と愛の欲求は、社会的に必要とされ、集団に所属し、温かく迎え入れられたいという欲求だ。
④承認欲求とは、自分が価値ある存在として尊重されたいという欲求である。これには、地位や名声、権利を手にしたい、注目を浴びたいという他者からの評価を気にするといった低いレベルのものと、自己効力感(自分にはできるという感覚)や自尊心など、自分で自分を承認できる高いレベルのものがある。低いレベルに留まっている場合は注意を要する。
⑤自己実現欲求は、先にも書いたとおり、自分の持つ能力や可能性を最大限に発揮することを望むもので、自己実現した人は、文化や環境から独立し、自他に対し寛容で受容的、素朴で自然といった特徴を持つとされる。
犬を飼いたいという欲求は、この五段階のどの欲求を満たしたいという動機に基づくのか。その動機は人によってさまざまだろう。犬を飼うと散歩をしなきゃならないから、否が応でも早起きになるし、ダイエットできる(①)とか、犬がいれば孤独じゃないし、いざというときには番犬になってくれる(②)とか、私の世話を必要とする犬がいることが私の支えになる、可愛い小型犬を飼ったら女の子ウケして彼女ができるかも(③)とか、高価な犬、珍しい犬、素敵なお洋服や装飾品で可愛くしてあげれば、インスタ映えするし「いいね」をもらえる(④)とか…。
「これじゃあ、犬は人の欲求を満たすための道具みたいじゃないか!」と感じる方もいるだろう。だからといって、「こんな欲求で犬を飼うなんて飼い主失格だ!」「もっと犬のことを考えなきゃ駄目だ!」と拙速に結論に飛びつかないこと。
往々にして人は利己的だからだ。
[Photo by Robert Rinyu]
逆に、「私にはこういう満たされない欲求があるんだな」ということに、犬を通じて気付くことができるチャンスを得たと捉えることから始められないだろうか。
そこから、「じゃあ、犬と“一緒に”私の欲求も犬の欲求も満足させていく方法はないかな?」と考えてみよう。仮に、犬にも欲求の階層があり、「犬の持っている能力と可能性を最大限に発揮すること」が犬の最大の喜びだとすると、それを犬と一緒に探していくこと自体が、人の自己実現の一つの方法とはならないだろうか。種の違う人と犬であるからこそできる、言葉のない世界で通じ合うという特別な体験、阿吽の呼吸から生まれるオリジナルな創造のようなものもあるのではなかろうか。
大事なのは人は利己的だとシッカリ肝に銘じておくこと。その上で、自分の欲求の実体は何なのかを知ろうとし、犬と一緒にお互いの欲求を満たしていく方法を探し続けていけば(きっと、正解もゴールもない)、すべての欲求は満たされていくのではないかと思うのだ。そして、犬を飼うことの意味も見えてくるのかもしれない(これにも正解はない)。一度でいいから素直にそして自分に正直に、何故自分が犬と一緒にいようとうするのかその理由や意味を考えてみてはいかがだろう。
文:北條美紀
臨床心理士・公認心理師。北條みき心理相談室運営。十数万時間のカウンセリングを重ねた今でも、人の心は未だ分からず、知りたいことだらけ。尽きない興味で、日々のカウンセリングに臨んでいる。犬と人との関係を考えるために、犬に関わる人間の心理学的理解が一助にならないかと鋭意思案中。
北條みき心理相談室:www.hojomiki-counseling0601.jp