文と写真:五十嵐廣幸
[photo from pixabay]
2019年6月12日に私は日本に一時帰国をした。翌朝の新聞の一面には「ペットの遺棄や虐待防止策を強化するといわれている、改正動物愛護法が参議院本会議で全会一致で可決され、成立した」と書いてあった。この改正では動物虐待に対する罰則の引き上げがあったものの、56日規制(8週齢規制)に一部除外規定があることや、現在飼われている犬猫へのマイクロチップ装着が努力義務であること、そして動物愛護法が5年に1度の改正しかない現状を考えると日本でのアニマルウェルフェアの確立はまだまだ先が長いと言えるだろう。
今回の記事は改正動物愛護法を中心として、私が里帰りした際に気になったことを書いてみたいと思う。
1)56日規制(8週齢規制)
犬猫の販売は現行、生後49日超からで、改正後から56日(8週齢)規制になった。それは犬の肉体的、精神的な成長を考えれば当然の結果で、この法案が適用されるのが遅すぎであることは言うまでもない(スウェーデンでは1980年代にすでに8週齢規制があった)。しかし、今回改正された8週齢規制は、「天然記念物に指定されている日本犬である柴犬、紀州犬、四国犬、甲斐犬、北海道犬、秋田犬の6種には、繁殖業者が一般の飼い主に直接販売する場合に限り規制の対象外である」となっている。
8週齢規制は子犬が心身ともに健康に育つ上で絶対に欠かせない期間を守るためのもので、子犬は母犬や兄弟姉妹犬と適切な場所で大事にケアをされながら過ごさねばならない。8週齢以前で兄弟姉妹犬、母犬と離されてしまった犬の多くは将来問題行動を起こす可能性が非常に高く、犬同士のコミュニケーションができないばかりか、人を咬むなどの行動が起こりやすくなる。それらの問題行動は、結果として飼い主の飼育放棄にも繋がる。つまり8週齢をまず守ることが、捨てられる犬を減らすことへの第一歩でもある。
規制対象外である秋田犬も映画「わさお」やフィギュア・スケートのザギトワ選手が飼っている犬として注目をあびているが、平成28年(2016年)に秋田県で殺処分された犬79頭のうち、約3割にあたる21頭が秋田犬であったことや(*1)、現在の柴犬ブームは同時に飼育放棄や殺処分の数を爆発的に増やしているとも聞くと、流行りの犬種が規制対象外であることに危機感を感じる。
8週齢規制は犬種だけでなく、犬が暮らす地域や文化、そして当然ながら買い手に左右されることなく最低限必要な日数である。しかし日本では、日本犬であるから、あるいは天然記念物に指定されているからといって「除外規定」とするのは動物福祉の観点において問題点がある法律というだけでなく、 8週齢規制対象外の犬種がいることは、犬の問題行動や飼い主の飼育放棄といった社会問題が改正前と変わらず生じ続ける可能性がある。
2)マイクロチップの努力義務
「努力義務」と聞いて、その意味がすぐに理解できなかった。マイクロチップの義務化は改正動物法の公布から3年以内に施行されるそうだが、2018年時点で飼われている犬890万3,000頭、猫964万9,000匹(*2)のマイクロチップ装着は飼い主次第ということらしい。マイクロチップは自治体から配られる鑑札やドッグタグ(名札)と違い首輪から外れることも、紛失することもなく迷い犬の身元照会や災害時に傷ついた犬や猫の保護にも役立つ。(飼い主の中には、散歩の時だけ首輪をつける犬もいるのではないだろうか、もし真夜中に被災することになったら・・・)。体に埋め込まれたマイクロチップはもの言わぬ犬猫の身元を確認できる唯一の手段である。私の住むオーストラリアでも当然、犬や猫のマイクロチップ装着は飼い主の義務とされていて、犬を飼う際に自治体に犬種、性別、去勢避妊の有無、基本的服従訓練の習得の有無、そしてマイクロチップ番号を登録しなければならない。
私が注目しているのは、これほど災害の多い日本において、現在飼われている犬猫の合計1,855万2,000頭の飼い主は、マイクロチップの「努力義務」をどう捉えているのだろうかということだ。つまり現時点では義務ではないから、あるいはお金がかかるからという理由で、マイクロチップを装着しないという選択もできるからだ。日本ではいまだにマイクロチップ装着を不安視している飼い主もいるようだが、大事な犬や猫が迷子になってしまうことの確率の高さを考えればマイクロチップが必要であるのは言うまでもない。
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3)逆に増えている?ペットショップ
一週間の日本滞在の半分を私は東京の中央線沿線で過ごした。驚くことに私が利用した3駅の全ての商店街に生体販売をしているペットショップがあった。それも隣同士の駅だ。
今回の改正ではペットショップでの生体販売の禁止には至らなかった。東京都知事の殺処分ゼロの報告が物語っているが、捨て犬や保護犬が多くいることは皆に知られるようになった。そしてこの数年のうちで決まったアメリカ・カリフォルニア州やオーストラリア・ヴィクトリア州、そしてイギリスでの犬や猫などのペットショップでの販売禁止の波が日本にも大きな影響を与えているかと思っていた。しかし、少なくとも私が滞在した東京ではそんなことはまったく関係なさそうだ。それどころか、それら世界の動向とは逆行するかのように、私が里帰りをする度にペットショップが新規オープンしているのを見てしまうと、日本人は一体どこまで本気で殺処分ゼロの問題、捨て犬や保護犬の問題、そして店頭での生体販売の禁止を考え、求めているのだろうかと疑問を抱く。もしかしてこれらを意識しているのは、私たち一部の愛犬家だけで、その他、多くの人たちとの間には温度差があるのだろうか。
4)Oscar’s Law(オスカーの法律)
2017年12月15日、オーストラリア・ヴィクトリア州では州議会において「商業的に繁殖された犬のペットショップでの店頭販売禁止法」が可決された。そして、翌年2018年7月には実際に生体販売は禁止され、ペットショップは里親との出会いの場となった。可決されてから約半年後には法案が施行されるというスピードだ。
この法案を世間の多くの人に意識させ、可決に導くために、数々のキャンペーンを繰り広げたのは、動物保護団体Oscar’s Lawの創立者であるDebra Tranterさんである。Tranterさんは、店頭販売される犬の出生場所であるパピー・ファクトリー(またはパピー・ミル)の現状を伝えることだけでなく、生体販売禁止法の成立に反対する議員の名前をSNSなどを通じて公表し、我々犬の飼い主だけでなく、多くの有権者に向けて「異議を唱える議員をあなたどう考えるか?」と疑問を投げかけてきた。その影響は法案に反対する一部の議員が賛成に転じたほどだ。
オーストラリアの大手ペット用品店の店内には譲渡可能な猫がいる。
全国チェーン展開しているこのペット用品店では合計で41,739匹の猫の譲渡をしたとある(2019年6月29日現在)。
5)あなたの一票
日本では、毎日のように目を覆いたくなる動物虐待のニュースや繁殖業者の崩壊による飼育放棄などの情報が溢れている。にもかかわらず、動物愛護法が5年に1度の見直しであるうえ、今回のように改正されてもその施行が3年後からというようにスピードがとても遅い。また全国的にも「殺処分ゼロ」を前面的に押し出している一方で、どの自治体ですらペットショップでの生体販売禁止といった大幅な改革などが見られない。もしかしたら「殺処分ゼロ」はオリンピックに向けてのアピールや、選挙活動にすぎないのではないかとも感じることもある。日本でアニマルウェルフェアを確立させることを願う人は決して少なくないはずなのに、それに伴っての法整備が大きく進まない状態が続いているのはとても残念に思う。
この原稿を書いている最中に第25回参議院議員通常選挙に伴う在外投票の実施というメールが届いた。メルボルンでの在外公館投票の開始日は7月5日が予定されており、日本国内では7月21日に投開票日がある(予定)。本来、動物福祉は政治や経済の動向に関係なく確立されてしかるべきだ。しかし政治や政治家によって動物愛護法が作られ、施行されることや、今回の改正のように一部の議員から日本犬の8週齢規制を対象外にするように求められた事実があるのを知れば、私は犬を愛する一人の有権者として選挙に積極的に参加し、なるべく早く日本でアニマルウェルフェアが確立されるよう、一票を投じたい。
【参考サイト】
文:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ