文と写真:五十嵐廣幸
[photo by あめまん]
世間では「いきものをプレゼントとすることは良くありません」と、まるでスローガンのように掲げられている。しかし相手が有名人であると、ここぞとばかりに自分たちの宣伝や犬の知名度の普及のためだろうか、犬をプレゼントしてしまう。最近ではアイススケートのザギトワ選手やプーチン大統領に秋田犬が贈られた。また、秋田犬ブームにのって秋田犬の地元、秋田県では犬との触れ合いイベントや展示も行われ、大切にしていきたい犬であるはずの秋田犬に過大なストレスを与えかねない状況が作られている。それを知りながら地元の観光収入といった人間側の利益や都合を優先し、犬の心を無視してしまうことも理解に苦しむ。
2017年8月に秋田県大館市にオープンした秋田犬と触れ合える施設、秋田犬ふれあい処には、1年間で2万人以上もの観光客が訪れたという。現在、秋田犬ふれあい処の犬の飛鳥は体調を崩して休養中、同施設は秋田犬の体調管理の為に2018年9月1日から営業を土曜日、日曜日のみに変更したと発表している。また他の秋田市内にある2つの施設でも、1年間で合計8万5千人以上が訪れたそうだ。
自分たちの好きな犬種、大切な犬を通して「犬の福祉」を日本に広めることが犬の愛好家としての使命だと思う。しかし、秋田犬のプレゼントや展示はそうは考えてないと感じる。犬の知名度を世間に広めることと、犬の福祉を守ることのバランスがとれないのはどうしてなのだろうか。
ディンゴと触れ合えるチャンス”Dingo open days meet our cubs”での様子。参加者は約20分という時間制限のもと、触れ合いを楽しんだ。
昨年、ディンゴの保護活動をしている団体、Dingo Discovery Sanctuary and Research Centreが主催したイベントに行ってきた。このイベントはディンゴという動物を世間一般に広く知ってもらうことだけでなく、入場料やグッズ販売等で得たお金を飼育や保護活動などに運用するという目的がある。しかしディンゴを多くの人に知ってもらいたい、募金してもらいたいからといって「なんでもアリ」ではない。
まず、一般の参加者は元野生のディンゴとは直接触れ合うことはできない。触れ合うことは人間に危害が及ぶ可能性があるだけでなく、ディンゴにも強烈なストレスを与えるからだ。個体によっては「もう少しそのディンゴのいるフェンスから離れて歩いてください。立ち止まったり、見つめたりしないでください」といった具体的な指示が担当者から出されもした。私たち参加者がディンゴと直接触れ合えたのは、この保護区で生まれた10週齢ぐらいのディンゴの子犬だけで、それも約20分という時間制限つきであった。担当者から手渡された餌を子犬にあげることや抱っこすること、フラッシュを使用しない撮影は許されたが、その際は必ず直接地面に座るか置かれていた椅子に座っていなければならなかった。また、追うようにして子犬を触ろうとしてはいけないなどさまざまな注意と監視の中で私たちは触れ合いを楽しんだ。
このイベントは1年の中でも約1ヶ月という期間限定のうえ、土曜日、日曜日の午前と午後の2回の開催だけで、参加人数は1回約20名としている。それ以上の触れ合いはディンゴにとってストレスになり、動物福祉に準じていないという考えからだ。
[photo from pixabay]
秋田犬、ディンゴ、どちらの愛好家も同じように、そのいきものの存在を世間に広めたいという気持ちはあるだろう。しかし、犬の展示や有名人に犬を贈る行為をみると、「あのザギトワが飼っている犬」というようなトレンドを作ろうとしているようにも思える。
日本では比較的飼いやすいとされている小型犬のトイ・プードルやチワワ、ミニチュア・ダックスフントといった犬でさえ飼育を放棄する人が後を絶たない現状がある。犬をブームにすることで起こり得る乱繁殖や飼育放棄に私は強い危機感を抱く。過去のシベリアン・ハスキーのように、秋田犬ブームの波がこれ以上大きくならないことを祈るばかりだ。
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【参考サイト】
文・写真:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ