犬のパフォーマンスとヤーキーズ・ドットソンの法則

文:尾形聡子


[photo by CRYSTAL ROLFE]

愛犬とトレーニングをしている最中、みなさんはどのように声掛けして愛犬のモチベーションを上げていますか?心理学領域では”ヤーキーズ・ドットソンの法則“と呼ばれる、適度なストレスレベル下にあるほうが学習効率が向上し、適切なストレスレベルを超えたり逆に足りていなかったりすると学習効率が低下するという法則が広く知られています。簡単にいえば、軽い負荷がかかるほうが集中力も高まりパフォーマンスがよくなるというものです。この法則は最初ネズミの観察から発見されたもので、次いで鶏、猫、人間にも存在することが明らかにされています。


[image from wikimedia]
1908年に心理学者のロバート・ヤーキーズとJ.D.ドットソンにより発表された、オリジナルデータに基づいたヤーキーズ・ドットソンのカーブ。

アメリカのデューク大学 Canine Cognition Center (犬の認知科学センター)の研究者らは、人も動物も適切量のストレスがかかるとき持ちうる機能を十分に発揮でき、適切量は個体に本来備わっている気質に依存しているだろうという考えのもとに実験を行い、その結果を『Animal Cognition』に発表しました。

まずは実験の様子を映像でご覧ください。

研究者らは、いわゆる”回り道実験(detour task)”と呼ばれるものを行いました。透明のつい立の向こうにあるおやつを手に入れるためには、直進せずに邪魔なついたてを回りこまなくてはならない、という状況です。

回り道実験に参加したのは、30頭の家庭犬(8ヶ月~11歳、ジャック・ラッセル・テリアやビズラなどさまざまな犬種・年齢)と、カリフォルニアにある補助犬育成のNPO団体でトレーニングを受けている76頭のアシスタント・ドッグ。上の映像でご覧いただいたように、実験では、①犬の名前を穏やかに落ち着いた声で呼ぶ、②犬の名前を興奮した声でしきりに呼び、おやつのジャーキーを持った手を激しくふる、という2通りパターンでそれぞれ数回のトライアルが行われました。

研究者らは尻尾の振りを各犬の興奮レベルのベースラインとみなしました。トライアルの録画を解析したところ、アシスタント・ドッグのほうが家庭犬より、ストレスや気が散るようなことに対して冷静に対応していたことがわかりました。逆に家庭犬はアシスタント・ドッグと比べると興奮しやすく、緊張しやすい傾向にあることも示されたそうです。

また、実験に参加したすべての犬が与えられたタスクをこなせたものの、ストレスや刺激の適量は個々の犬の気質に依存していることが示されたともしています。尻尾の振りが早まり興奮レベルが上昇することでタスク解決能力が高まった犬もいれば、上の映像の犬のように興奮レベルが上がり過ぎてタスクを遂行する時間が長引いた犬もいたからです。しかし全体を通しての結果を見て「家庭犬をより興奮させることは、最高のパフォーマンスをする能力を低下させる傾向に結びついていた」と研究者らはいっています。

犬も人と同じように適当量のストレスがパフォーマンスを向上させること、そして、適切なストレスレベルは個体に本来備わっている気質に依存していることが示された結果を受け、研究者らはこのようなテストをすることで、アシスタント・ドッグの適性診断やトレーニングプログラムの開発に役立てていけるとしています。

犬が尻尾を激しくふり嬉しそうにしている姿は、人からすれば微笑ましく感じられるものです。しかし、トレーニング中であればそれを犬の”やる気”と見なしてしまうこともあるかもしれません。人側の行動においては、あまりに人が興奮した素振りをしたり過剰に楽しそうにしているのは、犬にとって決していい影響だけを与えるものではないともいえるのではないかと思います。

今回の結果から、犬の興奮度合いや緊張具合を見て「適切なストレス状態」になるよう犬のモチベーションを引き上げることが、トレーニングをうまく進めていくためのポイントのひとつになってくると考えられます。そしてそのさじ加減を知るためには、犬と向き合い試行錯誤を重ねることが必要となってくるでしょう。トレーニングやアクティビティがさらに楽しい時間となるように、愛犬にとっての「適切なストレス状態」を探してみてはいかがでしょう?

(本記事はdog actuallyにて2015年9月24日に初出したものを一部修正して公開しています)

【参考文献】

Increasing arousal enhances inhibitory control in calm but not excitable dogs. Anim Cogn. 2015 Nov;18(6):1317-29. 

【参考サイト】
Duke TODAY