「犬はカウンセラー泣かせな生き物」~臨床心理士、北條美紀さんインタビュー(2)

文と写真:尾形聡子

犬はカウンセラーとしての資質を備えている生き物。そう話すのは、臨床心理士の北條美紀さん(websiteFacebook)です。前回は、カウンセラーに求められる3つの必要条件のうちの、自己一致と無条件の肯定的関心(配慮)まで紹介しました。今回は3つ目の共感的理解についての話から紹介していきたいと思います。

「同じものを見ても人によって見方が違いますし、同じ出来事が起こっても人によって意味づけが変わってきますよね。このように、ある個人が見ている世界や価値判断の基準のことを内的準拠枠といいます。たとえば田舎の風景を見たときに、自然がきれいだな、こういうところに住みたいなと思う人もいれば、田舎を捨ててやっとの思いで都会に出てきた人にとっては、こんな田舎には二度と住みたくないと感じるかもしれません。個人が持つ価値基準の枠組みである内的準拠枠にあわせて、あたかもその相手が見るように一緒に物事を見ることを“共感的理解”といいます。」

共感的理解をするための、さまざまなカウンセリング・テクニックがあるそうです。

「テクニックを駆使して、あの手この手であたかも相手になろうとするわけですが、人にはそれぞれ内的準拠枠があるので、カウンセラーはまず自分自身のそれを取りはらうところから始めなくてはなりません。まどろっこしいことをするわけです。けれど、犬は簡単に内的準拠枠を超えて、人が何を見て、気持ちの根底に何があるのかをシンプルに感じていると思います。たとえば飼い主さんに悲しいことがあったとき、犬はさまざまな価値基準などすべて飛ばして”悲しいんだね”という部分に直接行けると思うのですが、私たちはあたかもその相手になってみないと、悲しんでいる相手の感情にたどりつけません。悲しいんだね、という理解に行きつくまでの道のりが長いんです。」

このことについて詳しく、例を挙げて説明してくれました。

「たとえば話している相手のお母さんが亡くなったとします。お母さんが亡くなったら悲しいものだと思いますが、それはただ頭で分かっているだけのことです。そうではなくて、その相手が母親とどのような関わりを持ち、母親にどのような感情を抱いていて、その母親がこうやって亡くなったから、だからこのような悲しみがあるんだ、ということを理解するために段階を踏んでいく必要があります。多分犬はこのようなことをしなくても、その人が抱いているその人特有の悲しさをまるまる感じられると思うんです。

犬にとっては名前もつけられない感情でしょうが、そういう言葉でのカテゴライズにとらわれることなく、自分の準拠枠にもとらわれることなく、相手のその時々の感情にぴったり合わせられるのではないかと。嬉しくてハイテンションで家に帰ってきたら、犬はそれに合わせて喜ぶことができるし、落ち込んで帰ってきたら、それ相当なふるまいをすると思います。

犬には人が持つような雑念がありませんから、カウンセラーが使うようなさまざまなテクニックを使うわけでもなく、段階を踏むわけでもなく、人が口にだそうとも心の中に隠していようとも根底にある感覚的な部分を感じ、そこにダイレクトに自然に合わせられるのだと思います。とはいえ、人が犬とどのように関わるか、どのくらい密接に関わりたいかによって合わせる程度は変化すると思います。」

カウンセラーに必要な3条件。犬は誰に教わるわけでもなく自然にそれを備えているのだと北條さん。

「たとえばセラピードッグは、人がセラピーのテクニックを学ぶのとは違い、大人しく撫でられていられるようにしているとか、急に人が動いてもビックリしないといったようなことを教えられますよね。けれど、それがあろうがなかろうが、犬は生来セラピードッグなんだなと思います。さまざまな手法がある中で、私が本当に大切にしたいカウンセリングの根本的な姿勢を、犬たちは生まれもって備えていることが分かったんです。楽々とカウンセラーの3条件をクリアしていますから。カウンセラーを職業としている私としては立つ瀬がないですよね(笑)。」

仕事を通じて犬という生き物のことを知り、改めてカウンセラーとしての基本的な条件を考え直すことになった北條さんは、人の根底にある感覚的で非言語的な部分を大切にすることをより意識するようになり、自身の仕事に対する姿勢が具体的に見えてくるようになったといいます。

「犬的な感覚といいますか(笑)。たとえば私が犬的でいられるならば、言葉で説明を受けずとも相手が根底で感じているモヤモヤとした嫌な感じが分かるはずですよね。うまく言葉にならなくても、なんだか嫌だよね、というような会話になるときがあるんです。頭で理屈や論理を考えて話すのではなく、無意識とはいかないまでも意識のもう少し下のレベル、前意識的なところで話をしている、という状況が起こるようになってきました。」

「犬的な感覚は、カウンセラーでなくても大切にしたほうがいいと思います。人が犬的な感じでいると、無防備すぎて傷つくんじゃないかとか、怖い目に遭うんじゃないかとか、そんなのは夢みたいな話だよ、社会はそんな甘いものじゃないなどといわれるかもしれません。でもそうじゃないと思うんです。自分の感覚に従って好きなものは好きだといい、嫌いなものは嫌いと避けていれば、単純に大変な目には遭わないと思うんですよ。そうじゃなかったら、犬はあちこちで怪我したりとんでもない目にあったりしているはずですよね。本当は人ってそんな風に生きていきたいのではないかと思うんです。」

システムズ・アプローチにみる犬

システムズ・アプローチとは家族療法の基本ともなるもので、家族ひとりひとりに焦点を当てるのではなく、家族という個の集合をひとつのシステムと考え、家族間の相互作用にアプローチしていく方法です。犬の問題行動を見るときに、このシステム・アプローチという方法で考えると、何か別の糸口がみえてくるのではないかと北條さんはいいます。

「たとえば、父親と母親がいて、子どもが非行や不登校などの問題を起こしている家庭があるとします。その場合、子どもの問題だとして親が子どもをカウンセリングに連れてくるケースがあるのですが、本当の問題は子どもではなく親にあることが多々あります。たいてい夫婦が不仲なんです。しかしどんなに夫婦仲が悪くても、子どもに問題があるとそれについて話し合わなくてはなりませんよね。コミュニケーションを取らなくてはならない状況をつくれば離婚はしないという、最悪の事態を防ぐために子どもが問題を起こしているというケースが多くあります。」

このように、子ども(あるいは家族の中での弱者)は無意識的に問題行動を起こすことで、システムのバランスを取ろうとします。ですから、家族を個人の集りではなくひとつのシステムとして見てみると、根本にある夫婦不仲という問題が解決しない限りいくら子どもにアプローチしても治ることはない、という状況が見えてくることがあるそうです。

「家族の一員である犬に問題とされるような行動が見られる場合にも、この子どもと同じような状況が当てはまることがあるのではないかと考えています。両親の間に緊張感があれば、子どもだけでなく犬にもその緊張感が伝わり、緊張から問題となるような行動を無意識的に引き起こすというケースがあると思うんです。」

このように、見方を変えてみてみると、犬の問題とされる行動の原因はその犬の中にあるのではなく別のところにある可能性も考えられるのです。つまり、犬の行動そのものを修正しようとしても、その犬に対するトレーニングだけでは一向に問題行動が治まることはない可能性が考えられますし、逆をいえば、人にある問題を解決することで、犬にトレーニングをしなくても問題行動が治まる可能性もある、ということです。問題の根本はどこにあるのか、個々にとらわれずに広くみてみることも大切だといいます。

「私がこの方法で治療を行うときには、家族の一員としてシステムの中に加わります。たとえば母親の不満を子どもが聞く役割を持っていて、家から出られなくなり不登校になっているのだとしたら、私が不満を聞く役を引き受けるようにします。そうすることで、子どもは愚痴の聞き役からおりることができますよね。システムにアプローチするときには、私は仮の家族としてそこに参加することになるのですが、犬は本当の家族になれますよね。カウンセリングをする立場からすると、それもずるいなあと思ってしまいます(笑)。

家族になれる上に、先ほどお話したように、犬はカウンセラーの3条件を備えていますから。そういう意味で、犬はセラピードッグですし、本物の家族ですから、システムを変える役割を担うことができます。ただし犬が、システムの中で一番弱い役割を買って出た場合には、問題を起こすことで家族を守ることもあるかもしれない、ということにもなるんです。」

問題を起こすのをやめることで逆にバランスが崩れてしまい、家族が崩壊してしまうならば、その問題は簡単には治るものではなくなってきます。

「家族のバランスや、家族というシステムの中で個人がどんな役割を果たしているかについて考える機会はなかなかないのではないかと思います。けれど、なにかどこかに緊張がはしっているようなことがあるならば、それぞれがどんな役割を持っているのか考え、システムとして見てみると、これまでとは違うものが見えてくるのではないかと思います。家族は年齢と共に構造も変わりますし、家庭内でのルールも変化していきますよね。そういうときに、ルールを知りながらもルールから自由で、ずっと同じことをし続けてくれる犬が家族にいると考えると、犬は本当に特別な生き物であり、面白い役割を持っているのではないかなと思うんです。」

最後に北條さんにとって犬はどのような生き物なのか、そして、犬を知って感じたことを伺ってみました。

「とにかく犬は、カウンセラー泣かせですね(笑)。そして、もちろん飼い方にもよりますが、犬は、自分のいる環境の中で、するべきことをして、十分満足して、亡くなっていくのではないかと思います。なので、人が、あれができなかったとか、これをしてあげられなかったと後悔したり罪悪感を抱いたりする必要は絶対にないと思いますし、むしろ、おこがましいことなのではないかとすら思います。私は犬と暮らしたことはありませんが、これは、仕事を通じて自分の根底にある感覚的な部分で感じ、確信していることです。」

 

(本記事はdog actuallyにて2015年1月27日に初出したものを一部修正して公開しています)

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