「犬たちは生まれながらにしてカウンセラーの資質をもっています」~臨床心理士、北條美紀さんインタビュー(1)

文と写真:尾形聡子

人と犬とに精神的な深い関わりがあることを、カウンセラーという仕事を通じて知ることになった北條美紀さん。臨床心理士の北條さん(websiteFacebook)は、実は私の高校時代からの大の親友です。

そんなこともあり、彼女がこれまでに犬と暮らしたことがなく、むしろ犬がそれほど得意ではなかったことは昔から知っていたのですが、ここ最近、犬についての相談を何度か受けることがありました。彼女のクライアントさんに、犬と切っても切れない関わりを持つ方々がいたためです。そこから彼女の、犬に対しての考え方や私がともに暮らす犬たちとの接し方が、私の目から見てとれるほどに変化していくのを感じました。そして、彼女と話を重ねるにつれとりわけ興味を抱いたのが、カウンセラーという立場から見た犬についての話でした。

「私自身は犬を飼った経験がなく、犬のことをよく知らなかったということもあり、カウンセリングの中で犬と人の関係を積極的にテーマにすることはありませんでした。ですが何人かのクライアントさんと話をしていくと、確実に犬がクライアントさんに対して果たした役割があるということに気づき、驚かされたんです。」

それまでは、人と人の関係が第一にあり、犬はそこに付随しているという意識でいたそうです。

「犬の果たす役割に気づいてからは、人と犬の関わりに焦点をあてて話が聞けるようになり、人にできないことを犬がやすやすとしていることに気づきはじめました。犬が重要な役割を果たしているというアンテナが自分の中にできてからは、これまでにはない形でクライアントさんからの話をたくさん聞けるようになりましたね。一手広がったといいますか。たとえば、ポジティブな面、できている面に焦点を当てるのはカウンセリングにおける一つの技法なのですが、できなかったことに焦点を当てがちになることがあります。なぜそうなってしまったのか、というようなことを聞くときです。けれども、そのようにならなかった時のことを聞いた方がずっといいんです。そこにはたくさんのヒントが詰まっていますから。そのポジティブな面のひとつに犬との関係があるということも分かりました。」

ただしその場合、犬と人の間に意味のある繋がりが存在していることが必要だといいます。

「変な言い方になりますが、その当人のために家にきた犬ではない場合もありますよね。家族の中に犬がいても、特別な意味のある関係がなければやはり、犬の存在はポジティブなものにはならず、話題にあがらないことも多いです。けれど、犬との特別な関係がある場合、それは何にも代えがたい、かけがえのない関係であることが分かりました。これはクライアントさんに教えてもらったことにほかなりません。」

犬以外の動物で、犬との間に持つような特別な関係性が生まれるケースがあるかどうか、たずねてみました。

「今のところはないですね。鳥やハムスターなどですと、可愛くて気持ちがほのぼのするというのはあると思うんですが、コミュニケーションという点では、やはり、犬にはかないませんよね。犬は人に対して積極的に気持ちを返してくる生き物だと思うんです。たとえば犬を撫でるとすると、犬は撫でられっぱなしになっているのではなく、気持ちいいとかありがとうとか返してきてくれますよね。そういうところが犬ならではで、だからこそ特別な絆ができるのではないかと思います。」

実はこの”積極的に返す”というのは、カウンセラーとしてのテクニックのひとつなのだそう。カウンセリングをする場面では、聞きっぱなしではなく積極的に返すことがとても大切なのだそうです。

「撫でられているときの犬の応対についていえば、積極的に、しかも無意識に返すことができていると思うんです。働いているふうでもなく、苦労してやっているわけでもなく。犬には人っぽい面があるのに、人のように腹黒いところもありませんしね(笑)。」

また、人は言語を持っていて、言葉が好きなため、何かしら言葉で理由を求めたがる傾向が強い生き物だといいます。

「言語は表面的なところでしかないと思うんです。たとえばアルコールを飲み過ぎてはいけませんということを知っていても、アルコールの好きな人はすぐに適量を超えてしまうでしょうし、喧嘩をしてはいけないと思っていても、たえず人をののしったりすることもあるじゃないですか。理屈で分かっているからといって、常にそれができるわけではありませんよね。そうではなくて、腑に落ちるときはもっと感覚的なところでなにかが起こっていると思うんです。言語ではなく非言語での理解、頭でわかるのではなく全身でわかるという感じです。そうすると、それまでに拘っていたものが突然どうでもよくなったりするわけなんですけれど、その非言語の部分を犬たちはやすやすとやってのけることができると思うんです。」

北條さんは仕事を通じて犬を知ることになり、仕事のやり方そのものも変化してきたそうです。

「そもそもカウンセラーの仕事は理屈っぽいですし、言葉でのやりとりに重きを置くといいますか、それが得意であることが前提でもあるともいいますか。けれども私が本当にやりたいのは、クライアントさんを説得したいとか、頭で理解させたいとかいう、表面的な、理論的・言語的な部分ではなくて、根底にある感覚的で非言語的な部分でコミュニケートすることです。カウンセリングを通じて犬という生き物のことを知り、あらためてその感覚的な根底部分が大切だということを感じ、カウンセリングのやり方そのものも随分と変わってきました。言ってしまえば、犬はカウンセラーとして人よりも腕がいいですね。それに気づいたときには愕然としました(笑)。」

脱帽するほど腕のいい犬たち

カウンセラーに求められる必要条件に、”自己一致”、”無条件の肯定的関心(配慮)”、”共感的理解”があるそうです。面白いことに、これら3条件をつきつめて考えていくと、犬は生まれながらにしてその全てを持ち合わせていることに気づいたと北條さんはいいます。

「3条件はとても難しいのですが、できるように常に心がけていなくてはならないものです。そのひとつに“自己一致”があります。純粋性ともいわれます。自己一致では、思ったり感じたりしていることと口から出る言葉が一致していることが条件になります。思ってもいないことを相手に伝えても、すぐにバレてしまいます。けれども人は、いつも頭の中で人を批判したり評価したりしながら生きるのが当たり前のようになっていますし、カウンセラーならば、なにか良いことをいわなくてはいけないと考えてしまいがちなので、自己一致はなかなか難しいことなんです。嘘はついていないけれど正直ではない、という状況になってしまうこともありますね。」

頭の中で思っていることと、言葉として伝えることが一致しない時にはせめて、自己一致していない自分を認識しておくことが最低限必要になると考えているそうです。

「犬に関していえば、犬は常に自己一致している生き物だと思います。犬の腹の中を探る必要などありませんよね。なので人は犬のことをまったく疑うことなく信じられるという安心感を抱くんです。このことは、犬の持つ絶対的な特権だと思います。この時点ですでに、カウンセラーと犬とは5万歩くらい差が付いているともいえますね(笑)。」

ふたつ目の、“無条件の肯定的関心”とはどのようなものなのでしょうか。

「人間の世界には、完全に平等ということは絶対にありません。歳も性別も見た目も違いますし、経済社会的な地位も違いますし、学歴も違いますよね。けれどカウンセリングの場では、とにかくクライアントとカウンセラーは平等であることが求められます。無条件の肯定的関心とは、そういったさまざまな条件や違いなどと一切関係なく、クライアントさんに対して肯定的な関心や興味を全身全霊で持ち続ける姿勢のことをいいます。」

この条件も犬は楽々クリアしていると北條さん。

「犬は、”どうしたの?何があったの?”と飼い主さんにまっしぐらですよね。飼い主さんのことを常に知りたがっていますし、その一方で、自分のことを”知って!”ともいっています。さらに飼い主さんに細かな条件を求めることなどありませんよね。歳をとっているから嫌だとか、臭いから嫌だとか、会社で偉くないから嫌だとか。人ががんじがらめにされがちな基準は、犬の中にはいっさいなく、そこから完全に自由でいます。もしかしたら犬社会には犬だけの基準があるかもしれませんが、犬は人間社会にある基準とは無縁であり、そこで人を判断しないことが私たちに安心感をもたらしていると思います。たとえば自分に価値がないと思っている飼い主さんがいるとします。けれど、犬は人の価値を評価することなどせず、そんなことは一切お構いなしに飼い主さんのところに喜んで飛んできますよね。自己一致と無条件の肯定的関心、この二つで10万歩の差をつけられています(笑)。」

そして3つ目の条件、“共感的理解“のお話へとうつっていきました。

(本記事はdog actuallyにて2015年1月14日に初出したものを一部修正して公開しています)