犬の訓練もスズキ・メソード?

文と写真:藤田りか子

物品を回収する途中草むらでちょいと用足し。こんなミスを無視していつも許していると、まっすぐにハンドラーにもどらなくてもいいという「間違った」画像を犬の脳にインプットしてしまう。

犬の訓練・しつけをするとき、日本の才能教育の哲学として有名な「スズキ・メソード」を基にしてみようよ、と面白いアイデアを提案したのは犬の心理カウンセラーであるミッキー・グスタフさんだ。彼女は、スウェーデン人。スウェーデンのケネルクラブからでている会報誌にそんなエッセイを載せていた。

スズキ・メソードというのは、子供の音楽教育方法のひとつだ。子供が母国語を習うように、耳で毎日「正しく演奏されている音楽」を聴いているうちに「正しく」音楽を演奏できるのを、耳が自然に学んでいく、というのがおおまかな原理。これより「向き不向きではなく、教え方によって誰でも伸びる」という才能教育哲学として有名となった。発祥は日本なのであるが、むしろ欧米でスズキ・メソードは持てはやされてきた。

呼び戻しをした時に、躊躇をみせた。この時点でさらに「来い」コマンドを叫ぶべきか…。【Photo by Miss Shari】

スズキ・メソードは子供の母国語の学習を応用した原理でもある。話されている言葉を何度も聴いているうちに、子供は言葉のみならず、それが方言で話されていれば、そのものをすっかりまるごと学ぶ能力を持っている。

ということは、逆に、間違ったまま楽器を演奏し続けると、それも頭に入ってしまう。そしてその間違った「曲調」から脳が離れられなくなり、いつまでたってもきちんと楽器を演奏できなくなる。だから間違えに気がついた時点で、それに対処するのが大事。「まぁ、少々のこと」とその間違いを無視して、さらに練習を突き進むのはよくないというわけ。少し後ろに戻って、正しい「曲調」が頭にインプットできるよう、また新たにやり直し。ゆっくりと練習を重ねる。つまり、教育の完成には、それぞれの子供の学習能力にあわせたテンポが必要であるということも説いている。

犬の訓練が、どうこの教育哲学に当てはまるのかというと、犬もそれぞれの能力にあわせて訓練を入れる必要があるということだ。そしてまずは犬に正しい「曲調」をインプットしてあげなければならない。ただし、このインプットに、子供の教育と同じよう個体差がでてきてしまうのである。

「来い!」と言ったとき。その意味するところは、犬はただちに今行っている動作を止めて、飼い主のところに戻る。これが犬に思い描いて欲しい正しい「曲調」ならず「画像」だ。ある犬は、間違いなしに毎回それをこなすからすぐにその「画像」を脳に焼き付けることができる。よって、犬生を通して「来い」を聞いてくれるようになる。

しかしある犬ではそうはいかないことがあるだろう。あるとき間違えが発生する。たとえば、他のことに気をとられ来ない、という状態など。そして飼い主が、「まぁ、少々のこと」とその間違いを無視し続け、さらなる高度な訓練をすすめてゆく。

【Photo by Anita Ritenour】

ここでスズキ・メソードを犬に当てはめてみては、というのが前述のミッキーさんのいわんとしているところだ。飼い主としては、繰り返し犬を一生懸命に訓練したのかもしれないが、出来上がったのは、なぜかいまひとつ「来い」が苦手な犬。ただし犬の見地からすると、「来い」というコマンドで繰り返しインプットされた画像は、「戻るシーン」ではなかったのだ。コマンドを雑音と同様、無視すること。いわば、間違って楽器を演奏したままそれを続けて、その曲調を脳が覚えてしまったために、ついにはなかなかその演奏の仕方を直せなくなってしまった子供と同じ状態に、その犬は陥ったと言える。

どうして犬が間違いを犯したのだろうか、その原因をさぐりながら、犬が絶対に言うことを聞いてくれるという簡単な状況で「来い」というコマンドを出し、練習をまた一からやりなおしてゆく。確かに隣の山田さんちのボーダー・コリーほど「うちの犬」は早く「来い」を学んでくれはしないだろう。しかし繰り返し「正しい画像」を犬にインプットしてあげれば、将来的には「来い」というコマンドを確実に聞いてくれる犬となる。

考えてみれば、単純な論理だけど、さにあらず。どれだけ、私たちの多くが「まぁ、それぐらい少々のことは…」と自分の犬の犯す間違いを無視し続け、そのまま「言うこと聞かず」の犬にしてしまっていることか。その意味で、スズキ・メソードは、確かに犬の訓練・しつけの世界でも一考の価値があると、私もミッキーさんに同意をする次第だ。

いい音楽をインプットして、音楽才能のある子供にする。

いい画像をインプットして、 お行儀才能のある犬にする。

ちょっとクリッカートレーニングの原理に似てなくもないか。

【参考文献】

スズキ・メソードとは|音楽教室スズキ・メソード|(社)才能教育研究会

(本記事はdog actuallyにて2011年8月4日に初出したものを一部修正して公開しています)