犬の指差しに対する理解力、認識能力なのか学習なのか?

文と写真:藤田りか子

スパニッシュ・ウォータードッグが、ウォーターワークのテストで物品の回収を行っているところ。あそこにあるよ、とハンドラーが示すと、犬はそちらの方向に顔を向けた。

学術世界では犬の研究が花盛りであるが、我々素人飼い主としては、

「これ、本当に真に受けてもいいのだろうか」

と疑問を感じることもある。学者がいうことを全て正しいと信じる必要はない。いや、信じながらも、どこかクリティカルに考えたいという心がけは大事だと思う。

私にとってその一つが犬の認識力と指差し実験に関する学会での解釈だ。指さしをして、2つのうちどちらの空箱の下にトリーツが入っているか、教えてあげる。犬、チンパンジー、そしてオオカミを比べた場合、人間の指差しをもっとも理解したのは、どの動物?

これは2002年にサイエンス誌に掲載され、世界中のニュースとなり一般の人々をもあっといわせた有名な研究である。正解率が一番高かったのは、もちろん犬。野生の賢さをたんまりと備えたオオカミでもなく、そして人間にもっとも近いといわれるチンパンジーでもなく…。

この実験のいわんとしているところは、犬は人間の意図しているところを、ほかの動物に比べて読める能力を持っている…、人の意図を読む、というのは、認識(認知)に他ならない。したがって、犬の社会的認知力は犬が家畜化された中で、得られた能力であろう、ということである。

この実験結果は、アジリティやレトリーバーで回収の訓練してきた人にとっては自明の理であろう。指さしをして、次に進むべく障害を犬に示す。どこにカモが撃ち落とされたか、腕をのばして犬に指図をする…、そんな訓練を何度も繰り返してきたわけだから、何もいまさら、と思われるかもしれない。が、やはりここに来て初めて実験と統計に根ざし、科学的に根拠が与えられたと言うのは、犬学における大快挙だと思う。

ドッグダンスも、ハンドラーの出す微妙なキュー(合図)から成り立つ。それを犬が迅速に読み取り、学習によって学んだ行動を披露する。ダンスのキューと異なり、指差しは確かに物品がその先にあり、犬はより直接的に情報を得ることができるのだが、果たして、それが認識力によるのか、学習によるのか…??

ただし、一応レトリーバーの飼い主として、レトリーバーの回収訓練をしている者として、一言言わせてもらえば、犬は決して指しだす方向を自動的に理解するわけではない。何度か訓練を重ねた後に、やっと身につくものだ。おそらくオオカミだと、さらに時間がかかるのだろう。

となると先の実験結果をどう解釈するか。オオカミには、指をさした先にものがある、というロジックを解する人間風の認識力に本当に欠けているのか。はたまた、これは単なる学習の問題であって(認識ではなく)、犬ほどアイコンタクトがうまくないために、人間に集中できず指さしのシグナルを学び損ねたり、読み損ねたのではないか。なんといっても、オオカミは、群れで狩をする動物。群れのメンバーが出すわずかなボディランゲージを読み取る力は、もともと備わっていたはずだ。

指差しといった「キュー」(合図)やジェスチャーは、ドッグ・トレーナー(この際、学問の世界とは別に)にとって常日頃犬に理解させようと切磋琢磨し、訓練しているところのものである。たとえばドッグダンスにおける犬のステップは、ハンドラーが出すわずかなキューによって成り立っている。というわけで、学習心理を叩き込まれているドッグトレーニングの現場から考えると、指差しの理解を認識の証と考えるのは、ちょっと飛躍しすぎているようにも思える。

オオカミの方が指差しクイズでは、犬に引けをとってしまったが、かといってオオカミはジェスチャーに疎いわけではない。彼らの視覚的コミュニケーションの世界は、微妙な顔の表情、眼の動き、体の向き等を読み取ることで成り立っている。

その後、同じような実験が、ハンガリーのエトーヴェ大学動物行動学教室で行われた。音頭をとったのは、今をときめくケーナイン・サイエンスの権威、アダム・ミクロシ博士。ちなみに博士は、若くて情熱的。犬のことをしゃべりだしたら止まらない、とても魅力的な先生である。ある犬学会の集まりに出向いたことがあるのだが、そのおりにミクロシ氏はこう述べた。

「犬は人に頼るという気質を生まれもって備えている。これはオオカミにはない能力であり、よって犬はより自然に人間とアイコンタクトを成立させ、より人間の出す情報をしっかりと読むことができる… 」

オオカミでも、人間とアイコンタクトを取り易い個体は、指差しでの正解率が高いそうだ。しかし、それとて、実験の結果は学習ではなく、犬の認識力によるものだろう、というのがやはり博士の考えであった。そしてケーナイン・サイエンスの学会は今やこの指差し研究で大賑わい。

…ううむ。確かに犬には、他の動物よりも人に対する認識能力はある。ただ、犬の人間的な認知能力の可能性についてあまりにも学会が「センセーショナル」に取り上げすぎているのではないか。

とやや危機感を感じているところだ。

(本記事はdog actuallyにて2010年10月27日に初出したものを一部修正して公開しています)

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