スパニッシュ・ウォーター・ドッグの故郷を訪ねて:ゆる〜り下町 スペイン山奥編

文と写真:尾形聡子


アンダルシア地方カディスにある街のひとつ、ウブリケ。山間に白い壁の家がひしめき合うようにして建ち並んでいる。

今回発売となったムック「Sheepdogs and all about them」は牧羊犬にスポットを当てた内容となっている。しかしながらその中に、私の愛犬でもあるスパニッシュ・ウォーター・ドッグ(SWD)が登場!なぜなら彼らはウォーター・ドッグでありながら、今もなおスペインの山奥で現役のヤギ追いとして仕事をしているからだ。今から8年前の2012年、SWDの犬種公認に尽力したアントニオさんの犬舎を訪ねたときの旅行記をあらためてここに紹介したい。


スペイン南部にあるアンダルシア地方。これまで幾度となくその地名を目にしてきた。スペインにさえ一度も行ったことがないというのに、いつの日か必ずやこの地を訪れたいという夢を抱いてきた。理由はとても単純だ。共に暮らし始めてから8年が過ぎた犬たち、スパニッシュ・ウォーター・ドッグ(SWD)の故郷であること、そして、ウブリケ(Ubrique)という街に暮らすSWDの犬種基準を作ったブリーダーさんの犬舎を訪れてみたかったからだ。そんな夢が現実となるチャンスは突然、この夏に訪れた。

千載一遇のチャンスを作ってくれたのは、イギリスに暮らす、同じくSWDのボリスくん。ボリスくんがきっかけとなってイギリスに住む Brewster ご夫妻と知りあうことができ、その繋がりから、SWDのスタンダードを作ったブリーダー、アントニオさんの犬舎があるお宅に Brewster 夫妻と一緒に滞在させていただくことになったのだ。

ロンドンから飛行機に乗り、スペインのヘレス空港に着いたのは夜の10時過ぎ。ちょうど日が暮れはじめた頃だった。直々に迎えにきてくれたアントニオさんの車に乗ってウブリケの街へ。偶然にもその日は夏祭りのようなものが開催されており、ウブリケの街出身のデザイナー(Eskaparate というファッションブランド)が作った衣装を身にまとった女性たちが、街の中心部に設置されたステージを闊歩している姿がいきなり目に飛び込んできた。ああ、本当にスペインにやってきたんだと改めて実感。しかも早速SWDを連れた家族も見かけた。こんなにも普通に街を歩いているとは!


陽気でおしゃべり好きなスペインの人々にぴったりな色とりどりの鮮やかな衣装。南部に位置するアンダルシア地方の夏の暑さは厳しく、とにかく昼間が長い。そのため食事の時間が日本とはまったく違い、朝食は10時、昼食は午後3時、昼食の後に昼寝(シエスタ)をしたい人は軽くしてから夜食は日が暮れたあとの午後10時を過ぎてから、といったスケジュール。なるべく涼しい時間帯に行動するという習慣が続いているのだ。そんな生活習慣もあってか、アンダルシアの人々は子どもからお年寄りまでみな宵っ張りだった。

アントニオさんの犬舎「Perro de Agua Español de Ubrique」はウブリケの街の中心部から山の方へぐっと上がっていったところにある。犬たちがいっぱい。とにかくいっぱい。アントニオさんの犬から預かり犬まで含めると成犬は20頭ほど。子犬は入れ替わり立ち替わりしたものの、お世話になった10日間のあいだに常に6頭くらいはいた。本場もまさに本場のSWDをこれほどたくさん一度に目の当たりにして、めまいがしそうなほどの興奮を覚えたものだ。その他にも、野生動物などから犬を守る番犬としてスパニッシュ・マスティフが2頭、ネズミ対策にラット・テリアが1頭いた。


山の上にある犬舎からは、日本の山間とは趣を異にする独特の美しい景色が一望できた。右手に見えるのが犬舎とアジリティの道具。犬舎はこのプール付きの犬舎と、日中の強烈な日差しを遮るために木陰に作られた犬舎と2つあった。

アントニオさんの行っているSWDのアジリティは「うんてい型」をした梯子競技のようなもので、いわゆる一般のアジリティとは異なる。どのようなものかはこちらの映像をどうぞ。


とはいえ一般のアジリティでもSWDの実力は折り紙付きだ。犬舎を訪れたその年のクラフツで開催されたアジリティ大会、中型犬の部で優勝していた。競技の様子は以下の動画をご覧いただきたい。

SWDの起源については正確なことは分かっておらず、さまざまな説があるものの、1000年以上も昔から今に至るまで、アンダルシア地方の険しい山間でヤギやヒツジを追う牧羊犬として働いている。古くから存在する犬種にもかかわらず、FCIで正式に公認犬種とされたのは1999年のこと。SWDの地元で子どもの頃からSWDを見て育ったアントニオさんの長年にわたる努力なくしては、この犬種が犬種として世界的に知られることはなかったかもしれない。SWDの父と呼んでも過言ではないアントニオさんの本職は英語教師。流暢に英語を操れることもまた、世界各国のブリーダーたちにSWDたるものをしっかり伝え続けることができる大きな武器ともなっているのだと思う。


[photo by Noriko Brewster]
SWDの作業特性を大切にしているアントニオさんは、スペインのSWD クラブ(Asociación Española del Perro de Agua Español)でさまざまなコンペティションを開催している。写真はそのひとつ、ハーディング・コンペティションでのひとコマ。アントニオさんと彼の犬舎の犬。アントニオさんのおじいさんはまさにヤギ飼いをしていたそうで、もちろんSWDと共にヤギやヒツジを集めていたそうだ。

またSWDの名前にあるように、無類の水好きだ。そんな特性を生かして漁師の手伝いをしてきたほか、水鳥の狩猟や高地での狩猟にも使われていたそうだ。現在では探索犬や救助犬、爆発物の探知犬などとしても働いており、マルチな才能を持つ犬ともいえる。


この2頭はきょうだい犬で(手前がオス、奥がメス)いずれも泳ぐのはもちろん垂直に潜ることもできる。ひとつ上の写真でハーディングをしているのは手前の犬。

SWDは昔からの特性を兼ね備えたまま、今も昔も変わらずにアンダルシアの山間で人と共に生き続けている。アントニオさんの犬舎の犬たちを見て、自然に囲まれたアンダルシアの厳しい夏を過ごすことができる精神的なタフさと肉体的な逞しさがダイレクトに伝わってきた。本能的な部分に野生が色濃く残されている、そんな印象を受けた。


昼間の暑い時間を寝てやり過ごす犬たち。

気が遠くなるような暑さ、そして永遠に続くかのような昼間の時間は、よほどのことがなければ犬たちはゴロゴロしている。日の傾きが変わって影が移動すれば、起き上がって日陰に移動。それでも暑ければ身体を冷やすためにプールに入る。何も教わらずとも、アンダルシアの自然の中で生きていくためにはどうしたらいいかを熟知している犬種だからこそなのだろう。

滞在した10日間は瞬く間に過ぎていった。その中で、アントニオさんの犬たちに対する一貫した態度が印象に残った。やって良いことと悪いことが非常にはっきりしていて、犬たちはそれをとてもよく理解しているのだ。さらにはアントニオさんのSWDという犬種への理解の奥深さを垣間見た。どのように接したらいいのかをいちいち頭で考える必要などないほど、身体に染みわたっているからなのだと感じた。そうでなければ、常に何十頭もの犬を育て、尚且つ、ほかの犬舎とも連絡を取り合いながら、SWDという犬種を守り続けるべく繁殖していくことなど不可能だと思う。

また、犬に食餌を与えることが大好きだというアントニオさんは食餌はもちろん、犬の健康をトータルに考えている。犬舎の犬たちはみなアントニオさんに声をかけられるのを心待ちにしていた。泳いだり走ったりなど、さまざまなアクティビティをするために選ばれた犬は、それはそれは大喜び。この瞬間を待ってました!といわんばかりに、素晴らしい集中力と身体能力を披露してくれた。心身ともに健康であるからこそ、その犬の魅力が十二分に発揮される、そんな想いがまた一段と強くなった滞在だった。

最後に、スペインのSWDクラブ(Asociación Española del Perro de Agua Español)で開催されている様々なデモンストレーション(潜水、アジリティ、ハーディング、探索、オビディエンス+α)が編集された動画で、動くSWDをご堪能あれ!

(本記事はdog actuallyにて2012年8月7日に初出したものを一部修正して公開しています)