文と写真:藤田りか子
信じるか、信じないかは、皆さんにお任せしよう。驚いたもので、クリッカーや強制とも違う、全く新しい訓練テクニックが、ハンガリーにて誕生していた。その名もミラー・メソッド。飼い主がやることを、そのまま鏡(=ミラー)のように犬が真似することで、技を学習してもらう方法。たとえば、飼い主がくるりとスピンをする。そしてコマンド「Do as I do! (わたしのやるようにやって!)」というと、犬は飼い主の行った通りスピンをする。あるいは、飼い主が床のボールを触る。そしてコマンドを出すと、前脚で犬もやはりちょんと触る。
ただこのメソッドを最初に聞いたときの私のリアクションは、「え〜、本当かなぁ」とかなり懐疑的であった。単に飼い主が出す行動自体が技のキュー(合図)になっているのではないかと。もっとも、私はミラー・メソッドに関するコースも取ったことがなければ、本当にその訓練方法を教えてもらったわけではない。しかし、先週、ミラー・メソッドのファンの話を聞く機会があって、断然興味を抱いたのは事実だ。まずこの訓練方法が機能するには
「飼い主と犬との間に強いコンタクトがなければ、だめです」
ということ。あるいは
「この訓練を行うなかで、強いコンタクトを築ける、というのもメリットです」
犬が真似をしたいという意識が現れるほど、飼い主と犬との間に強い社会的な関係、あるいは犬自身の強い好奇心がなければ、成り立たないそうだ。たとえば、犬は他の犬が何か草むらに探しているのをみると、自分もそこにいって「何か見つけられる!」という期待感を持ってやはり同じスポットをにおいだす。それぐらい、犬にとって飼い主が注目すべき存在でなくてはだめ。日頃の犬との付き合い方も、大事なキーだ。歩きながら、一緒に木の株を越えようとジャンプをしたり、犬が興味のありそうなものをさも自分が見つけたとばかり拾って、それをまた犬にも拾わせる。
ミラー・メソッドについてすでに11年前に動物行動学の学会誌の論文でも発表されている。というわけで、決して何やら怪しげなニューウェーブ・トレーニングなどではなく、学問的にも筋が通った学習方法。そこではまず最初に、ハンドラーの行動にマッチする行動をいくつか犬に教える。たとえば、くるりとスピンをする技をトレーニング。その後、「Do it! =やって!」というコマンドと組み合わせ、そこから犬は「真似をすればいいのだ」という概念を得る。次の段階では、伏せというコマンドを出さないにもかかわらず、「Do it!」というキューが出たとたん、ハンドラーが伏せをしているのをみて、犬はそのパフォーマンスを行う。あるいは、ジャンプというキューを出していないにもかかわらず、飼い主のやるようにピョンピョンと飛ぶ。一番のメリットは、犬を罰さないで済むことのみならず、フードでモチベーションが作れない犬も、技を簡単に学べるということ。
これはソーシャル・ラーニングのひとつであるそうだ。他の個体との関係の中で何かを学ぶ(たとえば相手のしていることを観察して真似る等)ということ。何も犬だけではない。チンパンジーやサルにもみられる、動物の適応と生存戦略。そんな流れの中でこの面白い学習方法が学術論文では語られている。真似をすれば、試行錯誤をして自分で学ぶ手間が省ける。社会性が高い動物として、決して持っていて悪くはない能力だ。
ちなみに、無脊椎動物であるタコも、相手のすることを観察することで真似る技術はすごい!カニの入った小さな穴の開いた箱に入る術を持ったタコのすることを、箱をどうしていいか全くわからない初心者タコに見せる。すると、経験者タコが箱に入ろうとする動作を、初心者タコは非常な興味を持って観察し、ついには、自分で箱に入る技術を学んでしまうのだ。その様子は以下のYouTube画像で確認されたい。壁にはりついて相手のやっているところを見ているタコ、凄みがあり!おそるべし模倣タコ。
(本記事はdog actuallyにて2012年8月1日に初出したものを一部修正して公開しています)
【関連記事】