古書で犬文化の過去を知る楽しみ ディアハウンドの巻

文:藤田りか子

[Dogs of British Islands]

1800年代後半に出版された、イギリスの古い犬の本をパラパラとめくって眺めていた。そこで遭遇したのが写真(上)のディアハウンドだ。この類のアンティーク本は特に英国モノがよく出回っており、古本屋で簡単に手に入れることができる。イギリス原産の犬たち、特にテリアやガンドッグに興味ある人にはお勧めだ。当時の犬種としての「ことはじめ」がわかるし、どんな風に犬をかけあわせてきたのか経過もわかる。掲載されている挿絵も面白い。そして驚くような発見もある。そのひとつをここに紹介しよう。

J・H・ウォルシュ(1810 – 1888年)による「イギリスの犬たち」(1882) は今で言う犬種図鑑だ。各々の犬種は使役別でカテゴリー分けされている 。そこにはレトリーバー(回収犬)という使役カテゴリーがある。カーリーコーテッド・レトリーバーなど見覚えのあるレトリーバー種の名前がいくつか連ねられているものの、最後になんと「ディアハウンド」とあったのだ。一瞬目を疑ってしまった。ディアハウンドはサイトハウンドだ。どうしてレトリーバーとして分けられてしまうのか…?!

今では考えられないことを見つけられるのも古書ならではだ。もちろん使役カテゴリーにはハウンドという部門もある。そこには同じくサイトハウンドのグレーハウンドの名は記されている。ディアハウンドは本来この部門に来るはずだ。さらにもう一つの発見。グレーハウンドに並んでイギリスの代表的なサイトハウンドであるウィペットの名前がなかった。そもそもウィペットはこの犬種図鑑のどこにも記されていない。ううむ、謎だらけ!

さて、なぜディアハウンドがレトリーバーのカテゴリーに入れられているのか、作者のウォルシュは以下のように述べている。

本種は今となれば飾り物でしかない犬なのだが、その昔スコットランドで手負いにしたシカを回収(=レトリーブ)するのを手伝っていた。 … 途中省略…  手負いになったシカを探させるために放すと、まず嗅覚あるいは出来るなら視覚で探そうとする。完全にシカが視界から消えてしまえば、鼻を地につけ足跡を追う。

このくだりを読んだとき興奮してしまった。これは今でも北欧や中央ヨーロッパで行われているブラッド・トラッキング(血痕を追う、という意味)という猟犬作業と全く同じものだからだ。ドイツやオーストリアには手負いになった獲物を探す、という仕事を専門に行う原産犬種がいる。ドイツでは獲物の血痕を追跡する犬を狩猟用語でシュバイスフント(直訳は血の犬)と呼んでいる。

ラブラドール・レトリーバーが撃たれたカモを回収するときのように、ディアハウンドも撃たれて手負いになったシカを回収する。ただしレトリーバーのように口にくわえてハンターのところに持って来るわけではない。ハンターが回収できるように手負いを探す役割が与えられていたのだ。そしてさらに面白いと思ったのは、イギリスでは、ブラッド・トラッキングも回収業(レトリービング)のひとつとして考えられていたこと。

[Photo by Adam Singer]

ウォルシュはディアハウンドの働きについて以下のように述べている。

見つけた足跡が古かろうと新しかろうと、決してディアハウンドは吠え始めたりはしない。… 途中省略… しかし一旦シカを追い詰めると、鋭く深い吠え声で鳴き、とどめを刺すハンターが現場にやって来るまでずっと吠え続ける…

これも大発見である。ディアハウンドは、獲物を目の前にすると吠えるのだ!吠えながら獲物に足かせをつけておく。これはまるで「吠え止め」を行う日本犬の猟芸のようだ。そういえば、イギリスにはフォックスハウンドを始め多くの嗅覚ハウンド種がいるけれども、ブラッド・トラッキングを専門にして仕事する犬はいない。ウォルシュによるとこの時代の嗅覚ハウンドは次のように定義されていた。

地上でかつ嗅覚のみを使って獲物を探し出し追って仕留めることができる犬。

ディアハウンドが嗅覚を使って立派にシカを見つける仕事をするにもかかわらず、嗅覚ハウンドの部門に入らなかったのは、そもそも獲物を仕留める、という仕事を行わなかったからだ。嗅覚ハウンドの定義でウォルシュは「地上」と念を押している。それは、テリアがその頃狩猟犬として使われており、彼らは「地中」に入りキツネやウサギをハンターの元に追い出す仕事をするので、それと区別をつけるためである。

ちなみにウォルシュがこの本を書いていた当時(1882年)、シカ回収犬として働くディアハウンドは決して多くはなかったようだ。

現在シカの回収をするディアハウンドは全くもって稀な存在だ。女王の犬舎にいるディアハウンド達ですら、そんな役割はもう与えられていないはずだ。

「すでにかなりコンパニオンドッグ化しており夫人が好む家庭犬」とまで記されている。では働いていたディアハウンドはどうなったのかというと、コリーなどと交雑を受けて小型のシカ回収犬として使われるようになった。当時すでにスコットランドの猟場が細分化され、猟の方法が変わったことも一因らしい。

またブルドッグとかけあわせて、仕留めの仕事をも行ってくれるよう攻撃力を強くする試みもあったようだ。だが、そんな犬はむやみやたらに鹿の真正面から襲いがちだったため、多くの犬は鹿の角にて命を落とした。よって、ハンターの間で特に人気になることもなく、犬種として確立すらされなかった。

[Photo by Mark Robinson]

それでもウォルシュはディアハウンドの過去の栄光をたたえて

自分は決してこの犬をコンパニオンドッグのカテゴリーには入れたくない

とも述べている。それでレトリーバーのカテゴリーに入ったディアハウンドだったのだ。ウォルシュの猟犬に対する愛を垣間見ることができる。彼は多くのフィールド(狩猟)関係の本を著し、またイギリスのカントリーサイドに住む富裕層をターゲットにした「フィールド」という狩猟やフィッシングを対象にした雑誌の編集長を務めた。そして猟犬としてのグレーハウンドをこよなく愛した。当時、「労働者階級のグレーハウンド」と見なされていたウィペットがハウンドのカテゴリーに入っていなかったのは、おそらくウォルシュのこれらバックグランドのためだとも思われる。

また折を見て、犬の古書からの「昔の常識、今の非常識」発見を報告したいと思う。