聞きます、嗅ぎます!軍用犬の不思議能力

文と写真 藤田りか子


[Photo by Fxquadro]

深い森の中。あたりは薄暗くひっそりと静まりかえっている。茂みの間の細い獣道を迷彩色のユニフォームを身に着けたハンドラーが足音をたてずにゆっくりと歩いて行く。彼の後ろには、パトロール隊。そして列の先頭を行くのはリードにつながれたジャーマン・シェパード。

突然シェパードが頭を右に向け、立ち止まった。と、即座にハンドラーはその場にしゃがみ、それにならい後ろの隊員も身をかがめ、藪に身を隠した。シェパードの大きな立ち耳は両方とも前に傾けられている。音源を探っている。ハンドラーはしばらく熱心にシェパードの表情を観察した後、手を上げて後ろの隊員に無言でサインを送った。敵が領地に侵入しているらしいのだ…

軍用犬の耳のお手柄

軍用犬という職業犬が今のような完成した形で登場したのは、第二次世界大戦から。その活躍は現在にも至り、特に最近では世界がテロの恐怖にさらされていることもあって、メディアを通し軍用犬の働き見たことがある人もいるはずだ。

他の多くの犬の職業同様に、軍用犬の世界でも犬の嗅覚才能がおおいに活かされている。が、それだけはなく聴覚の能力も大事な役割を果たしているのは、この特殊な職業に見られる面白さといえるだろう。近代職業犬で聴覚をフル活用するのは、他に聴導犬がいる。

前述のシェパードの行っている仕事は警備という。英語ではスカウト。軍用犬の主要な用途の一つだ。敷地内に怪しい者や敵が侵入しているか、嗅覚と同時に聴覚を使ってパトロールをするのがその任務。藪に服が擦れる音や息をしている音、そして罠のワイヤーから発する音波をも探知して、それをハンドラーに知らせる。

ただし、ハンドラーに告知するときは、通常の探索犬(災害救助犬など)と違い、ほえ声を出したり、その場を掘るような動作は行わない。音をだせば相手に見つかってしまう。何か気配を感じれば、警備犬はただ立ち止まってその方向を見るだけだ。これをサイレント・アラートとも言う。微妙なジェスチャーだけに、犬が本当に何かを発見しているかどうか、決断を下すのはハンドラーにまかされている。そのときの風の状態や地形の様子を考慮に入れて、かつ犬の耳や頭の位置、体の緊張具合、尾の振り様などボディランゲージを読んで判断する。


[Photo by Pixel-Shot]

軍用犬のカテゴリーには、警察犬が行う足跡追及(地面に残された人のにおいを辿って目的物を探し出す)をする犬が別にいるが、警備の場合、足跡追及を最初の手段として使わない。敵に気付かれぬようこっそりと行わなう必要があり、足跡追及犬だと警告を出してくれるまでにあまりにも敵に近づきすぎてしまうのだ。警備隊にとっては危険である。しかし警備犬なら、離れたところから空気中のにおいや音を頼りに敵を見つけることができる。地上のみならず、空から侵入してくるスパイや飛行襲撃も、聴覚で発見してくれる。

この職業犬達のお手柄で第二次世界大戦やベトナム戦争中、敵の急襲を逃れることが出来た部隊は数知れない。さらに犬の存在はパトロールを行う歩哨兵に安全と安心感をも与え、余計な緊張や心配を和らげたという。こうして兵士の士気は盛り上がり、勇気も湧く。となると、警備作業はより効率的になり、広い地域に及んだパトロールが可能となったのだ。


パトロールドッグ。フィンランドの国境警備チーム [Photo by Wikipedia]

犬の聴覚について

軍用犬の武器の一つである、犬の優れた聴覚。その感度、人の4倍というのが定説だ。人の可聴域は20~20000 Hzで犬は20~50000または80000 Hz。人間よりはるかに高い周波数の音を聞き分ける。犬は嗅覚の動物と言われているが、彼らが最初に使おうとする感覚は、人間と同様、まず視覚。その次に来るのが聴覚なのだ(嗅覚はなんと最後の手段となる)。それほど「聞く」という行為は犬の生活の中で大きな役割を占めている。ある研究によると、犬は音を聞くだけではなく、音の出所をつきとめるのも優れているということ。なんと60の音源場所を探知できたそうだ。軍用犬が微妙な音を頼りに敵がどこにいるか、ハンドラーに示すことができるのは、この才能のおかげだ。

蛇足だが、我が家の近所ではたまにアイスクリーム屋が音楽を流しながら通りにやってくる。それを聞くと、うちの犬たちは窓に向かってワンワンと吠えるのだが、そのアイスクリーム屋のテーマ曲がある日テレビで流れた。と、なんと犬たちは、テレビではなく窓の方へ走ってゆき吠え始めたのだ。あら、犬って音源を探知できるんじゃなかったの?!

この場合はおそらくうちの犬たちの学習による行為かもしれない。音楽が鳴れば外にアイスクリーム屋がいる。だから窓に行け。そう連想ができあがってしまっているのだろう。知能の高い動物を相手に訓練するというのは、決してやさしくない。しかし、すばらしく訓練された軍用犬達はそんな学習には惑わされず的確に仕事をこなす。聞いて、嗅いで、そして知らせる。彼らは感性鋭く才能に恵まれた優秀な犬たちなのである。