文:尾形聡子
全身が毛に覆われている動物たちは体を器用に左右に振って、体についた水分やゴミなどを取り除く動作をします。いわゆる「ブルブル」ですが、ブルブルの行動はどんな動物であっても英語で「Wet Dog Shake」と呼ばれています。
ブルブルは有毛哺乳類に広く観察される進化的に保存された行動で、これまでにそのメカニズムを解明しようと数々の研究が行われています。以前、以下の記事で紹介した研究では、体の大きさや皮膚のたるみ方によってブルブルのスピードが異なり、それぞれの個体がなるべくエネルギーを消耗しないよう上手にブルブル速度をコントロールしていることが示されています。
上の記事で紹介した映像が個人的にすごく好きなので、今回もこちらに。さまざまな動物たちがいかに器用にブルブルしているかがよくわかります。
さて、このブルブルですが、何かしらの体性感覚が関係しているはずであるものの、その行動を誘発する根底にある神経生物学的なメカニズムについてはよくわかっていませんでした。それをついに突き止めた、アメリカのハーバード大学の神経生物学者らの研究を今回は紹介したいと思います。
体性感覚とは?
本題に入る前に、体性感覚について簡単に説明をしておきます。体性感覚は、私たちが周囲の環境との相互作用を通じて身体の状態を把握し、環境の変化に合わせて適切な行動をとるために欠かせない重要な感覚です。具体的には、触覚、痛覚、温度感覚、圧覚、位置覚などが体性感覚で、皮膚、筋肉、関節、内臓などの部位からの刺激が脳に伝わり、意識に感じ取ることができます。
この、温度感覚や圧覚をどのように感知するのかを発見したデヴィッド・ジュリアス氏とアーデム・パタプティアン氏の研究は2021年のノーベル医学生理学賞を受賞しました。その際に、体性感覚という言葉を見聞きした方もいるかもしれませんね。研究内容について詳しくは以下の記事を参考にしていただければと思います。
これらの研究で発見された、機械的な刺激を感じるための受容体が「Piezo1、Piezo2」と呼ばれる遺伝子です。いずれも体性感覚の一部を担うイオンチャネルとして働いていますが、担う役割が異なっています。Piezo1は大きな圧力や引っ張りに反応し、主に血管や内臓で機能しています。一方Piezo2は細かな触覚や圧力、振動に反応し、特に皮膚や感覚神経で重要な役割を果たしています。
ちなみにイオンチャネルとは、細胞膜を越えてイオン(電荷を持った粒子)が移動するのを調節する特殊なタンパク質です。「扉」のような役割を果たし、特定の条件下で開閉することで、特定のイオンが細胞膜を通過できるようにして、神経伝達、筋収縮、心拍調整、ホルモン分泌など、細胞のさまざまな生理的過程に関与しています。Piezo1、Piezo2は、いくつか種類があるイオンチャネルの中の機械的刺激依存性イオンチャネルに属するものになります。
ハーバード大学の研究チームは、この触覚や痛覚において非常に重要な役割を持つPiezo2、すなわち機械的な刺激がブルブル行動を引きおこす神経メカニズムに関係しているだろうと仮説を立てて研究を行いました。
[photo by Ingon]
ブルブルの神経メカニズム、解明へ
まず研究者らは、ブルブル行動が皮膚における機械的な刺激によって引き起こされているものかどうかを確認するために、機械的刺激を受容するPiezo2遺伝子と温度刺激を受容するTrpm8遺伝子をそれぞれノックアウト(特定の遺伝子の機能を喪失させる研究手法)したマウスを使用して実験を行いました。
実験では通常のマウスの首の後ろと腰に、水を噴射、ひまわりの油を垂らす、空気を吹きかける、という数種類の機械的刺激を与えることでブルブルが生ずるかどうかを確認しました。いずれの方法でもブルブル行動は引き起こされました。水でずぶ濡れにならずとも、機械的刺激によりブルブルが生じていたのです。腰よりも首に刺激を与えた方がより強くブルブルし、特に首に油滴を垂らした場合のブルブル行動が反応性が強いことが観察されました。
続いて研究者らは、2種類のノックアウトマウスに対して、首に油滴を垂らす実験を行いました。すると、温度刺激を受容するTrpm8遺伝子をノックアウトしたマウスは油滴の刺激を感じてブルブル行動をとったものの、機械的刺激を受容するPiezo2遺伝子をノックアウトしたマウスはブルブルすることはありませんでした。つまり、ブルブル行動はPiezo2遺伝子に依存する機械的刺激を感受して引き起こされているということになります。
続いて研究者らはブルブルを誘発する機械感覚ニューロン(機械的な刺激を受容する神経細胞)を特定するために、生体内カルシウムイメージングや光遺伝学的刺激という研究手法を使って6タイプの機械感覚ニューロンに対して反応性を確かめました。
その結果、4種類ある低閾値機械受容器(LTMR:Low-Threshold Mechanoreceptor)のうちのひとつ、C-LTMR((Cold-sensitive Low-Threshold Mechanoreceptor))という神経細胞が油滴によって活性化され、光遺伝学的刺激を与えることでもブルブルが引き起こされることが示されました。そこで研究者らはC-LTMRをノックアウトしたマウスに対して油滴を垂らす実験を行ったところ、ブルブル行動が58%減少することもわかりました。
さらに研究者らは、C-LTMRが犬のブルブルのメディエーターとなり、脊髄-視床下部経路(Spinoparabrachial pathway)と呼ばれる神経回路を通してブルブル行動を促進させていることも明らかにしました。
[photo by Fleur]
C-LTMRは主に触覚に敏感な指先や唇などの皮膚に多く分布しており、冷感や軽い機械的刺激の感知に関与する神経細胞です。低閾値の機械的刺激に非常に敏感なため、細かな物理的な圧力や振動に反応することが知られていますが、80年前にC-LTMRが発見されたときの研究では「くすぐったい感覚」を動物に引き起こすのではないかと考えられていたそうです。しかし今回の研究結果から、寄生虫や水滴など、全身に毛の生えている動物にとって有害となりうる物質の検知、除外するための防御システムとして働いているのではないかと研究者らは考察しています。今回の研究からブルブルは犬が濡れた毛を乾かそうと意識してやっているのではなく、受けた刺激に反応したための行動だということがわかりました。すぐ脇でブルブルされて濡れてしまっても、反射のようなものならば仕方ないねと笑ってやり過ごすことができそうですね。
ちなみに人の場合、C-LTMRは優しく皮膚をなでられると触覚的な気持ちよさを感じさせる役割があるそうです。もはや人は犬のようにブルブルすることはありませんが(大型霊長類もブルブルしないそうなので、体毛の退化とともに進化的にブルブル機能は失う方向に進んだとも考えられます)、首の後ろに触れられたときにゾワっとして思わず身震いをすることがありますよね。それとブルブルとに関連性があるかどうかは今のところは不明です。
【参考文献】
・C-LTMRs evoke wet dog shakes via the spinoparabrachial pathway. Science. 2024;386(6722):686-692.
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