文:尾形聡子
[photo by Mary Perry]
地球全体の平均気温がジリジリと上昇し続けている近年、地球温暖化に伴い自然のバランス崩壊が全世界で懸念されています。それにより引き起こされている異常気象がもはや異常ではない状況になってしまうのだろうかと、このところの日本の酷暑を過ごすたびに感じるものです。
そんな中、熱中症対策を万全にするようにとあちこちで啓発が続けられていますが、犬にとっても熱中症対策は同様に非常に重要です。なぜなら犬は全身毛皮を纏っており(ヘアレス犬種は除いて)、体全体に汗腺がありません。発汗によって体温を下げることが人のようにはできないため、熱中症になりやすい生き物だからです。運動に夢中になり、気づいたときには体温の上昇が続きすぎていて熱中症になってしまうことが多いですが、強度の低い普通の散歩でも、暑さにより熱中症になることがあります。
また、「犬の熱中症対策:車への置き去りNGに加えて知っておきたい大切なこと」でお伝えしましたが、車中に犬を置いておくことは、夏場に限らず一年中危険な行為です。そのほかにも発症リスクを高める要因として、体力のない子犬や老犬、犬種(短頭種は長頭種・中頭種と比べて発症リスクが2.1倍)、50キロ以上、肥満、被毛の状態などが挙げられます。
発症したら、ややもすると命を落とす危険のある熱中症。決して侮ってはならないことは、みなさんすでにご存知ですよね。とにかく未然に防ぐのが一番。そして、上記記事にも記載しましたが、熱中症の誘因でもっとも多いのは「運動(暑い中の散歩、強度のアクティビティ、遊び、競技会後)」で、熱中症発症のケースの74%を占めていたと報告されています。
とはいえ、どんなに早起きして散歩をしても熱中症にかかる恐れのある昨今の日本の夏、運動は犬に必要なのにどうしたものかと頭を悩ませる飼い主の方も多いことでしょう。少しでも涼しい時間帯に散歩をする、太陽に熱せられた道はなるべく避ける、首に保冷剤を巻く、クールウェアを利用するなど、それぞれ工夫をしてなんとか夏の時期を乗り切っているのではないかと思います。それでも熱中症の症状が出てしまったら、まずはなるべく涼しい場所で安静にして体を冷やす(頚部や脇の下、鼠蹊部などの太い血管が通っている箇所)応急処置をとり、その後に動物病院に連絡をして搬送の必要があるかどうかの指示を仰ぐのが一般的です。
そのときの応急処置方法についてなのですが、このたび、アメリカのペンシルベニア大学獣医学部の研究者らが、運動後の犬の体温を下げる方法を検証。驚きの結果がでたのでこちらに紹介したいと思います。
4つの方法のうち何が一番冷却効果があったか?
研究に参加したのは作業犬として訓練を受けている犬12頭。深部体温が40.6度以上になるか、熱によるストレスサイン(過度の呼吸、舌を平たく長く伸ばす、耳を後ろにペタっと倒す、目を細める、日陰を探す、ペースの低下など)が2つ以上観察されるまで、最大で10分間運動した後、「22度の水で濡らしたタオルを脇の下にあてる(下図A)」「22度のバケツの水の中に自発的に頭をつける(B)」「首に保冷剤をあてる(C)」「22度の水に濡らしたタオルを首にあてる(D)」の4つの冷却方法をすべてためしました。
[image from Journal of the American Veterinary Medical Association fig1]
タオルと保冷剤は30秒間装着し、その後、日陰のエリアにて40分間心拍数と深部体温が記録されました。バケツの水に頭をつける冷却方法は30秒間、最大3回までとされ、その後は同じように40分間心拍数と深部体温が記録されました。すべての犬は水の入ったバケツの底にあるおもちゃかオヤツを取り出すトレーニングを事前に受けていました。また、深部体温の測定にはAnipillという動物の体温をモニタリングするためのカプセルが使用されました。
4種類の冷却方法を試した結果、「22度のバケツの水の中に頭をつける(B)」の方法だけが素早く体温を下げる効果があり、運動後の危険な体温上昇も防げていることがわかりました。
以下の図が4種類の方法で冷却後、40分間の体温をモニタリングしたものです。運動して冷却後、唯一バケツの水に頭をつける方法をとった場合のみ、体温上昇を防いで4〜5分でグッと体温を下げ、その後緩やかにベースラインの体温に戻っていくことが示されています(一番下のグラフ線)。その他の3種類の冷却方法にはほとんど差がなく、同じような冷却効果であることもわかります(上側3つのグラフ線)。
[image from Journal of the American Veterinary Medical Association fig2] 縦軸は体温、横軸は時間の経過。
この結果について研究者らは、体温上昇時には頭、鼻、舌、耳への血流が増加するため、限られた量の水でも頭部を冷却することで全身を急速に冷やせるのだろうと考察しています。さらに、バケツの水に頭をつける方法を犬にトレーニングすれば、犬を熱中症の安全から守るだけでなく、そのトレーニングを通じて飼い主との関係性も強めることにもつながるだろうとも述べています。また、バケツの水に頭を入れることができず、限られた量の水しかない場合には、犬の頭に水をかけ、少量の冷えた水を飲ませることができれば体全体を冷やす効果が得られるかもしれず、それについてはさらなる検証が必要だと考えているそうです。
水に頭部をつけることができるようになると、運動後の体温上昇を防いで体を急速に冷やすだけでなく、鼻腔や目についたほこりやゴミを流すこともできるため、応急的に鼻腔や目を綺麗にしたい場合にも有用なツールとなることも示されました。
[image by ST.art]
「まず冷やし、それから運ぶ」は鉄則
犬に熱中症の症状が見られたときには、直ちに冷やし、それから動物病院に運ぶことが、熱中症により命を落とす危険性を低下させます。この鉄則をどうか忘れないようにしてください。
今回の「水を張ったバケツに頭をつける」は、よほど水が好きな犬でも何も教えずにできるとは限らないものです。トレーニング方法は以下のリンク先にある動画の2分くらいのところから見ることができます。簡単に紹介すると、最初は水を入れていないバケツの底におもちゃあるいはオヤツをおき、それを取ったり食べたりするところから始めます。それに慣れたら水を入れて同じことを続けていくのですが、水の量を少しずつ増やしていくというやり方になります。映像は英語になりますが実際にやっている姿を見ることができますので、ぜひご覧ください。
来年また暑さがやってくるときにすんなりこの方法を使えるようになるためにも、早めにトレーニングを開始してみてくださいね!
【参考文献】
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