文:尾形聡子
[photo by LIGHTFIELD STUDIOS]
ほかの人の行動を見て同じように真似して動くことは、人だけでなくマウスやサルなどさまざまな生物で観察される行動です。これは通常同じ種において見られるものですが、犬の場合は犬だけでなく人の行動をも模倣します。模倣は、他者の行動を観察してその行動を真似し、それを習得していくという「社会的学習」の一形態と考えられていますが(以下の記事を参照)、この犬の社会的学習能力を活用した「Do as I Doメソッド(ミラーメソッド)」というトレーニング方法があります。
Do as I Doメソッドとは、「私がすることを真似してやって!(Do as I Do)」という、そのものずばりのトレーニング方法です。たとえば、人がバケツの周りをぐるりと一周するのを犬に見せ、それと同じように犬もバケツの周りを一周するようにさせ、見ている相手の行動を真似することを犬に学ばせていきます(以下の記事を参照)。
このような模倣行動は乳児にも見られる行動ですが、乳児は目の前にいる人の行動を真似するよりも、テレビなどの映像で流れる人の行動を真似するときにパフォーマンスが低下することが示されています。なぜ低下するかについては、2次元の映像情報を、目の前で観察する3次元の情報へと置き換える際に何らかの困難が生ずるためと考えられています。
犬は2次元の映像を情報源として利用できることが2013年の研究により示されていること、そして、犬は人を模倣できることから、エトベシュ大学の研究者らはWeb会議システム(zoom)を使用して、犬が映像に映っている人の模倣ができるのではないかと想定しました。
さらに研究者らはカメラが映し出す位置にも着目します。通常Do as I Doメソッドは向かい合う形でトレーニングしますが、散歩の最中など人を横から見る機会の多い犬は、横向きの映像にも対応して正しく模倣できるのではないかと考えました。そして、通常犬は人の行動を上から観察することがないため、上から映し出される映像に対しては真似をするのが難しいのではないかと予測し、実験を行いました。
[photo by 220 Selfmade Studio]
犬は2D情報を普段の3D情報に見立てられるか?
研究には、Do as I Doメソッドを使って人の動作を模倣できるよう飼い主からトレーニングを受けた2頭の犬(ゴールデン・レトリーバーのオス2歳、ラブラドール・レトリーバーのメス6歳)が参加。飼い主と犬は別の部屋にわかれてパソコンからzoomに接続し、飼い主はパソコンの画面を通じて犬の動きを、犬は犬の部屋に置かれたプロジェクター(幅2214㎜、高さ1245㎜)から飼い主の動きが見えるようにセットされました。
テストでは、zoomを通じて見える飼い主の動作を犬が正確に真似するかどうか(正面から・真横から、真上から飼い主を映し出す3つの条件)と、ベースラインとして、zoomを使用せず、飼い主と犬は同じ部屋で直接向かい合う状態でのトライアルが行われました。トライアルに使われた動作は、スピンspin、ダウンdown、前足をクロスpaw cross、後ろに下がるwalk back、後ろにジャンプjump back、ノーズタッチnose touch、押すpress、拾うpick up、落とすdrop、ハウスhouseのうちの9種類。落とす(ボトルを倒す)とハウス(クレートに入る)は2頭の犬両方にとって新しいアクションで、ノーズタッチ(目の前に置かれた発泡スチロールの円筒に鼻をつける)と拾う(おもちゃを拾う)は各犬にとって新らしいアクションでした。
[image from Biologia Futura. Fig2] 片方の前脚をクロスさせる動きのテストを、3つの視点(正面、真横、真上)から映し出した様子。
テストの結果、zoomを使用してのトライアルは片方の犬の真横条件を除いてすべて成功率は低くなりました。各条件下でみてみると、正面からと真横からの場合、これまでに習得した行動を映し出す条件では、両犬ともに偶然よりも高い確率で模倣を成功させることができました。ですが、普段犬にとって見慣れない真上から映し出すという条件下では、片方の犬は偶然の確率以上で真似できたものの、片方の犬は偶然の確率には及びませんでした。ちなみにベースライン(飼い主と向き合った状態でのトライアル)においては、2頭の犬はすべてのトライアルにおいて既知の行動、新奇の行動ともに模倣することに成功していました。
これらの結果より研究者らは、犬が2次元の映像を通じて人の行動を模倣する認知能力をある程度持っていること、その能力は犬にとって模倣対象となる人が映し出される視点によって変化することが示されたと結論しています。そして、犬の模倣能力を調べる際には2次元の映像刺激が使用できる可能性を示唆し、模倣やそれに関連する遠近法などの犬の認知能力を研究するための方法として、可能性を広げるものだと述べています。
以下、英語になりますが、研究の概要の説明、実験の様子が見られる動画をご覧ください。
ハイテクになればなるほど大切にしていきたい「今ここ」
ペットのモニターカメラが普及して久しいですが、基本的には犬の様子をモニターするのが主機能です。中には飼い主の声を聞かせたり、おやつを出したり、室温を測ったりする機能がついているものもあるようですが、映像を通じて双方向のコミュニケーションをはかることができるシステムが誕生するのも、もしかしたらそう遠くない未来にやってくるかもしれません。
とはいえ、杞憂ではありますが、もしそのようなガジェットが発売されたとしても、リアルな交流にかなうものはありません。それはコロナ禍を乗り越えた私たちが身をもって経験したことではないでしょうか。便利な道具は使い方次第であること、そして、犬はアナログな感覚を刺激し、「今ここ」で犬と一緒に存在していることを感じさせてくれる大切な存在でもあることを大切にしていきたいものです。ぜひ、以下の北條美紀さんと藤田りか子さんの記事をご覧くださいね。
【参考文献】
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