歯医者さんが語る「犬もぜーーーったいに歯磨きをするべし!!」のその根拠

文と写真とイラスト:畠平剛志

今回はゲストをお迎えしての記事を紹介します。ライターは大阪市「はたひら歯科」の院長、歯科医師の畠平剛志さん。口腔衛生のエキスパートであるからこそ、愛犬のデンタルケアにももっとみな注意を向けるべきと言います。

「老犬の歯周病がソーシャルメディアのタイムラインにあがってくるたびに心が痛くなります。犬は自分で歯磨きできないから、飼い主が磨くしかないのです。犬の歯周病は飼い主のネグレクトと言ってもいいでしょう」

そこで犬の口腔衛生について熱く語っていただきました!

犬の場合気をつけなければならないのは虫歯より歯周病

犬の入院理由及び手術理由のトップは歯周病である(アニコム家庭どうぶつ白書2019)。

犬曰くでも藤田りか子さんが「犬の歯磨きはやっぱりやろう!スウェーデンの報告から」で犬の歯磨きについて取り上げているが、人間の歯医者として言わせてもらえれば、犬の歯磨きは「絶対に必要」だ

人間の歯科疾患としては虫歯と歯周病の二つが最も多く問題となるが、犬の場合は虫歯はまず問題にならない。人間の唾液は中性から弱酸性であり、虫歯菌が産出する酸に歯が溶かされてできるのが虫歯である。これに対し犬の唾液はアルカリ性であり、虫歯菌が酸を出したとしても唾液で中和してしまう。そして唾液がアルカリ性ということは、犬の方が歯石がたまりやすい。すなわち犬の場合、気をつけねばならないのは歯周病である。

歯周病対策としてペットショップに行けば「歯磨きガム」「歯石予防になるおもちゃ」が多数並んでいるし、ネットを開けばネット広告で「これを塗れば歯石がポロポロとれる」などとうたった夢の商品がいくらでも出てくる。

まず前者の歯磨きガムなどでは歯周病予防にはまったく不十分で、後者の夢の商品は所詮夢の商品にすぎない。夢は寝ているときにみていただきたい。本当に効果があるものなら全国の歯医者さんがとっくに人間にお勧めしていたはずだ。すなわち歯周病を防ごうと思うのであれば、歯磨きしか手段はないのである。

残念ながら犬は自分で歯磨きができない。愛犬のデンタルケアのためには、私たち飼い主が歯磨きをしてやらねばならないのだ。


歯磨きガムだけですませちゃだめ。歯磨きに勝る予防はなし!

歯周病とは、のおさらい

さて、歯周病とはどんな病気なんだろうか?人間にも一般的にみられる病気なので、よくご存じではあると思うが今一度おさらいをしたい。

歯周病とは歯周組織の病気だ。

歯周組織とは、歯の機能を支持する歯の周囲の組織のことをいう。 歯の根である歯根の周りには、歯根表面のセメント質と、それを支える歯槽骨、そしてそれらの間の膜状の靱帯である歯根膜から構成されている。 健康な歯の場合、歯根は骨で囲まれており、骨と歯根膜で噛む力を効率よく受け止め、歯を支えている。歯周組織は歯と歯茎の境目である歯頚部からはじまってその下にあり、健康ならば歯茎に覆われて見えない。

この歯周組織が細菌から攻撃されて破壊されていく病気が歯周病だ。

歯周病の原因である細菌は、プラーク(歯垢)というべったりとしたコロニー、バイオフイルムを形成し、歯の周りにへばりつく。台所のごみ入れにベタベタした膜がつくことがある、あれと同じだ。水で流したぐらいでは全く取れず、こすらないと取れないことはみなさんも体験しているだろう。

知っておきたい歯の自浄域と不潔域

歯には自浄域といって食べ物を咀嚼することによって、それこそガムなどによって、歯の面がこすられてキレイになる部分がある。犬の場合は歯の先端から歯頚部の少し上までが自浄域のようで、なかなかここまで歯石に覆われている犬を見ることは少ない。

ところが、自浄域でないところ、食事をするだけではキレイにならないところは不潔域といって、ここは歯磨きなどをしないとキレイにはならない。そして残念なことに歯周病のはじまる歯頚部は、不潔域なのだ。


歯の先端部周辺は自浄部。そして歯頸部は不潔域。ここをきれいにするには歯磨きしかない!そしてこの部位を念入りに磨いてあげること。

歯磨きをしない犬や人間の歯頚部にはプラークがべったりと残ることになる。その病原性プラークが歯周組織を攻撃し、歯肉は腫れ、腫れた歯肉はプラークを覆い隠してしまう。(これが人間でいう歯肉炎)。そしてプラークは放置していると唾液中のカルシウムなどを取り込み、石のように固く固まってくる。これが歯石だ。歯石自体にはすでに病原性はないが、ざらついた歯石はまわりにプラークを張り巡らせる。プラークの病原性細菌は歯周組織を攻撃し、破壊していく、これが歯周病だ。こうなると、冒頭に犬の入院理由及び手術理由のトップは歯周病であると示したように、麻酔をして歯石を除去することになる。

だが、先にあげたように歯石自体には病原性はない。病原性があるのは歯周病細菌であり、細菌が作るコロニー、プラークである。幸いにして、プラークは歯磨きで除去することができる。歯石になる前に、あるいは歯石が少しついていてもそのまわりのプラーク細菌が歯周組織を破壊する前に、愛犬の歯を磨いてプラークを除去することが歯周病予防かつ治療そのものとなる。

磨く場所は歯周病のはじまる歯頚部を狙って

磨く場所は歯周病のはじまる歯頸部を狙って磨かれたい。歯の溝である裂溝などにもプラークはたまるが、犬に虫歯のケアはほぼ不要だし、それこそここは歯磨きガムや歯に良いおもちゃにまかせてしまっていいだろう。清潔域はそもそも磨く必要があまりない。

デンタルケアの用具としては犬用品はとにかく高いので、人間の子供用の毛の短い歯ブラシがいい。ただし小型犬でも歯ブラシ程度は簡単に噛み割ってしまうので、歯ブラシを使うときには必ず人間の管理下で行うこと。

歯ブラシを噛んでしまって歯磨きができない場合は根気よく慣らしていくしかない(その意味でも安い子供用歯ブラシを買い替えていくほうがいい)が、どうしても無理な場合は歯頚部を布でこするだけでもかなり違う。うちの犬もなかなか歯ブラシに慣れないので一日に一度、布で歯頚部を磨くようにしているが、まだ歯石にはなっていない。

では皆様、愛犬の良いデンタルライフを!


どうしても歯ブラシに慣れない子は、歯頚部を布でこするだけでもかなり違ってくる。

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文:畠平剛志(はたひら たかし)
犬曰くを知ったのは、オフロードバイクレースやカヤックでの川下りなどで親交のあった岡本篤氏にすすめられて。格闘技やオフロードバイクなどのスポーツが好きで身体の遣い方に興味があり、遊武会の石田先生のもとで古武術を学んでいる。大阪市東成区ではたひら歯科 (06-6973-8217) を経営。一般歯科のほかスポーツマウスガードに力を入れている。東大阪市東石切町では障碍者通所施設である地域活動支援センター3型石切パンゲア (072-926-5495) も運営。家庭菜園での野菜作りを中心に活動している。