文と写真:藤田りか子
ポーランドの古都、クラクフにて。
あえてプードルを飼うということ
もう15年ぐらい前になるが、犬雑誌で組まれていたヨーロッパ犬紀行の取材でポーランドを訪れたことがある。目的は南部カルパチア山脈系で活躍する牧畜番犬を見ること。だが実際には、山でよりも、ガイドをしてくださったマグダさんと共に彼女の住む街、ポズナニ周辺の都市部で多くの時間を過ごした。おかげでポーランドの犬事情、過去と現在、を知るいい機会となった。それもプードルを通してなのだが…。
マグダさんは、ポーランドでは当時まだまだ珍しい、クリッカーを使ってのポジティブトレーニングに徹底するトレーナーであった。さらにあの頃として珍しいのは、プードルの大ファンであったということだ。
「ポーランドではロットワイラーとかアメリカン・スッタフォードシャーみたいな、マッチョな犬が大はやり。でも、私のキャラクターには、ああいう性格の強い犬は合わない。幼い子を抱えていても、いっしょに住める犬。そして私のトレーニング熱に応えてくれる犬。かつエレガントな犬。プードルに行き着いたのは自然のなりゆきですね」
プードルだからこそ、クリッカー・トレーニングはより適切なのだそうだ。作業好きな犬だが繊細。当時(おそらく今も?)強制よる訓練方法がより一般的なポーランドにてマグダさんの考えはかなり進歩的だともいえる。彼女はあえてプードルを飼うことにも大きな誇りを持っていた。
「トレンドだけに流され、自分のライフスタイルや犬に費やせる時間も考えずに犬を飼う人がこの国には多すぎる」
そして
「もっともいまどき、プードルを好きな人なんてポーランドにいないけどね」
と一言付け加えた。彼女の「いまどき」という言葉に「あれ?」と思った。つまり…昔は流行していたの…?プードルが?
共産主義時代の太陽
70年代に、プードルの大全盛期というものがポーランドにあったそうだ。時代は共産主義の頃。多くの人々は家の庭にたいてい小さな畑を持ち、そこで食べるものを耕し、鶏を飼うなど自給自足の生活を強いられていた。
「母はよくいったもの。あの頃、社会のムードは鬱だったとね」
とマグダさん。そんな時代だったから、プードルはペットとしてポーランドで人気を博した。プードルのくったくのない太陽のような明るさは、政府から押さえつけられていた人々の絶望的な気持ちを一瞬でも解き放ち、喜びをもたらしてくれたという。
「ええ、確かに猫も杓子もプードルを飼っていた状態だったなぁ」
とマリア・ベダナキエヴィッチさんも、かつてのプードルブームを回想してくれた。マグダさんの行きつけのトリミングサロン経営者、かつミディアム・プードルのブリーダーであるマリアさんのプードルとの付き合いは30年以上。
「今なら(取材当時2007年)プードルのショーエントリーは全体で50頭、だけどあの頃は一つのクラスだけで70頭という出陳はざらだったんですよ。とはいっても、まさか国営のトリミングサロンがあったわけじゃないからね。そもそも動物のためのサロンなんて全く考えられないことだったし(笑)」
だから当時のプードル愛好家は全て自分でグルーミングを行っていた。
「上手くグルーミングができなければ、ショーで綺麗に犬を見せれないでしょう。グルーミングができない人はショー・プードルの世界に生き残れないってことね」
マリアさんは共産主義のころのなにかと不便な当時を思い出し、そうそうといいながら奥の部屋に入り、あるツールを持ち出してきてくれた。ドイツ、ゾーリンゲンのポプトナー社製の手動バリカンだ。今でもグルーマーの間では逸品として日本でも知られている。うっすらと黄色がかって相当な年代モノのようだ。
これがマリアさんが見せてくれた昔のグルーミングツール、手動バリカン。
「昔は、気の利いた最新鋭のグルーミング機器がなかったのよ」
隣国に東ドイツがあるから、そこからかなりのツールを手に入れることはできたそうだが、それでもかなり限られていたよう。
「クリッパーもなきゃ、はさみもない、そんな世の中でした」
プードル・ノスタルジーと将来
私が取材したこの頃、プードルにこだわるポーランドのブリーダーのほとんどが70年代を経験している高年齢層の人々だったのだが、無理もないだろう。20歳代のヨアンナ・ミクラシュカさんがプードルに対するポーランド人の見解を説明してくれた。彼女はウージ市で活躍するグラフィックアーティストである。
「だからね、今の若い人たちには、プードルってオバサンに連れられ、変てこなヘアスタイルを施されたすごく『頭の悪い犬』っていう偏見があるのよ」
でもプードルぐらい賢い犬はいないのは皆さんもご存知のごとく。そのイメージを一掃するために、プードルを芸術のオブジェにして地位を少しでも高めていこう、というのがヨアンナさんのアート・プロジェクト。プードルへのこだわりは、子供の頃遊んだプラスチックのプードル人形へのノスタルジーに起因する。
ヨアンナさんが子供の頃遊んでいたプードルの人形。このカットスタイル!なんともアンティークではないか!
ポーランドは60〜70年代につぶされていた工場を建て直し、それを多目的に有効利用しようという建設ブームだ。それで近代的でおしゃれなショッピング・モールが各市にいくつもできあがっている。その開会式の折りには、ヨアンナさんのプードル・アートはひっぱりだこなのだ。ポーランドで、プードルを洒落たオブジェとして起用するなんて、今まで考えられなかったことだそうだ。
「展示会に来ている人々を見ていると、彼らのプードルに対する態度がふっと変わっていくのね。面白いでしょう?芸術の威力なのよ」
では将来、プードルがまたポーランドで流行り始めることもあるのだろうか。当時のプードルクラブ会長であるカロル・グラボウスキーさんはいう。
「本当のタフガイは、アメスタ(=アメリカン・スタフォードシャー・テリア)みたいな犬を使って自分の力を誇示する必要はないんだ」
ポーランド男が男でいることに本当の自信を得たときに、プードルはまた世間に受け入れられるだろう、と。冗談っぽいが、案外的を得ているのかもしれない。都市部の人々に本当の生活の余裕ができたとき、という意味だろう。
「え、僕?男のくせにプードルを街でつれているとき恥ずかしくないかって?何をいうんだい、しごく幸せで、自分の状態に100%満足しているタフガイさ!」