文:尾形聡子
[photo by Stephen Horvath]
刷り込みの研究で有名な動物行動学者のコンラート・ローレンツ。犬好きのみなさんの中には『人イヌにあう』を読んで感銘を受けた方もいることでしょう。ローレンツ博士は動物の幼体には、“頭が大きい、おでこが広い、大きな目が顔の低い位置についている、動作がぎこちない、手足が短い”といった人が可愛いと感じる共通した特徴があることを発見し、それを幼児図式(Baby Schema)と呼びました。このような特徴は養育する側の愛情を引き出し、未熟な幼体が養育行動を受けやすくするものだと考えられています。
実際に人は、子犬がどのくらいの時期を最も可愛いと感じるものなのでしょうか。アリゾナ州立大学の犬の行動学者が主導し『Anthrozoos』に発表した研究によれば、そのピークは8週齢前後に訪れることが示されたそうです。
魅力のピークは6~8週齢
子犬がもっとも弱い存在となる離乳の時期(7~10週齢ほど)に、人が子犬に感じる可愛らしさがもっとも高まるのではないかという仮説から研究は進められました。その時期に人に保護されれば、子犬は生き残れる可能性が高まるからです。
実験には51人(男性28、女性23)の学生が参加しました。彼らは3犬種(ジャック・ラッセル・テリア、カーネ・コルソ、ホワイト・シェパード)の生後すぐから7~8か月齢までのモノクロの顔写真をそれぞれ13枚ずつ見て、子犬の魅力レベルを評価しました。
評価を解析したところ、ジャック・ラッセル・テリアの魅力は7.7週齢、カーネ・コルソは6.3週齢、ホワイト・シェパードは8.3週齢が魅力レベルのピークとなることが示されました。また、犬種間で比べると、カーネ・コルソがもっとも魅力レベルが低い評価がされていたそうです。
[photo from Arizona State University]
3犬種のサンプルイメージ。中央に並んでいる写真が、参加者がもっとも魅力的だと評価した週齢のもの。
まさに仮説が検証された結果となったことに対して研究者は、人と犬の古くからの関係性について新たな洞察を投げかけるものだとしています。人と犬が長きにわたって関係が続いてきたことは、犬の持つ社会的知能によるところが大きいとする学説に対して、研究者は基本的にはそこではないとし、8週齢くらいの犬たちが持つ魅力は人が心を動かされずにはいられないものであること、そこから親密で強く、愛情深い絆を人と作る素晴らしい能力を犬が持つためかもしれないといっています。だからこそ、犬という種が太古からずっと生存し続けることができ、人との関係を築けてきたのではないか、ということです。
とはいえやはり、犬はとても開放的な社会的プログラムを備える生き物で、誰とでもすぐに友達になろうとする準備ができていると研究者。人との絆形成能力においては他の動物と比べて群を抜いており、犬には特別な何かがあるのではないかと思わざるを得ないと考えているそうです。
そして、今回の研究の結果は、8週齢を過ぎれば人々が犬を愛するのをやめてしまうということではなく、人々の興味を強くひきつける力が最も強く発揮されるのが8週齢のころだということに過ぎず、犬への愛は生涯にわたって続くものだとも話しています。
子犬の可愛さは格別なもの。8週齢のころの子犬を前に、“運命の出会い!”と心をわしづかみにされるのは、先祖代々受け継がれてきた、もはや抗うことのできない性ともいえるのかもしれません。けれど、そんなときには決して衝動的にならず、ぜひともこの研究を思い出してもらえればと思います。
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