食べ物を前にして唸る犬をどう思う?

文と写真:藤田りか子

食べ物や寝場所に近づくと、うなったり、歯をむき出したりと恐ろしげな行動を見せる犬がいる。つい最近まで、この行動は、犬が飼い主のお株を奪って群れのリーダーになっている証拠、「けしからん犬」として解釈されていた。このブログを読んでいる皆さんは、はてさて、どうお考えだろう?

スウェーデン農業大学小動物衛生学部のアンナ・M・スヴィエドベリーさんは、2011年にこの行動について一般飼い主がどう解釈しているか、面白い調査論文を発表した。

欧米からリーダーシップ論や70年代のニュースキートの修道士(アメリカ)のトレーニング哲学が、日本に導入されて相当の年月がたつが、それゆえ、欧米においてはどれほどに「群れのアルファになる」理論によって一般の犬のトレーニングが華やかに展開されているかと思われるだろう。しかし、アンナさんの調査結果は意外であった。もっともこれはスウェーデンの犬の飼い主のみを対象にしているのだが、約72%が

「単に食べ物をとられるんじゃないかと、それを恐れて自分を防衛しているだけ」

と答えた。一方で

「犬が飼い主を牛耳ってリーダーになろうとしている」

を犬が唸った動機として答えた人はゼロであった。リーダーシップ理論を根っから信じている人というのは、犬のトレーナー以外にこの世にあまりいないのかもしれない。さらに、食べ物に近づいた時に防衛的な行動を見せる犬について、83%の飼い主が

「犬としてごく自然な行動」

とすんなり受け入れていたのも前述の結果を裏付ける。ちなみに、半数以上の飼い主は犬が年齢を重ねるにつれて、食べ物や寝床に対して、防衛行動をとることが少なくなってきたと答えている。すなわち

「馴らしていけば、食べ物をいつも防衛する犬ではなくなる」

と飼い主は経験から学んでいる。「階級や順位が犬の気持ちを支配する」と、短絡的に考える飼い主は実は少数派であったのだ。

デンマークの生物学者、及び犬行動学の専門家、フレディ・W・クリスチャンセン氏の説は、前述の飼い主の見解をさらに正当化してくれる。氏は、約30年来のオオカミとの付き合い経験に基づいて

「犬が食べ物を守らんと飼い主に唸るのは、その犬の個体の権利であり、順位制とはまったく関係ない」

とはっきりと述べている。氏によると、オオカミの子犬はすでに3、4週間齢にして、自分の手元、口元にある食べ物に対して群れのどの仲間に対しても所有を主張する権利を有しているそうだ。そして、それを目の当たりにする大人のオオカミも、所有権に対して敬意を払い、それ以上欲張った行動にでない。

このようなパーソナル・スペースと所有権を守る気持ち及び敬意を示す気持ちは、順位の高低によるものではなく、どの犬、オオカミもが本能的に、すなわち生まれつき持っているものとして、罰するべきものではないとする(すなわち異常な行動ではないということ)。

となれば、歯を見せて攻撃的な行動をとる犬を、そのままにしておくのがいいのか、という議論になるが、犬と人間の共存を考えれば、それではあまりにも不都合すぎる。それに犬が唸る度に、人間がしり込みしていれば、犬は順位としてではなく、学習として、その行動を身に付けてしまう(多くの犬の攻撃行動は、学習から身に付けているものだ)。唯一の方法は人間が犬にとって、食べ物を奪うか、奪わないかの競争相手ではないよ、ということを、これまた学習によって、子犬の時から学んでもらうしかない(その訓練方法については、ここでは詳細を省く)。

少し話ははずれるが、興味深い事実は、唸る、歯をみせるなどの「あっちに行けよ、僕の所有だ。さもないと攻撃するぞ!」という攻撃前の警告シグナルが、犬種によってはほとんど欠けているものもいるそうだ。そのもっとたるものが、いわゆるブル犬種、つまり闘犬に使われてきた犬で、状況がさしせまると思い込んだら、警告なしに、いきなり攻撃行動に出る。おそらく警告なしの方が、闘犬として機能しやすいのだろう(警告していたら、犬同士の喧嘩にならない!)。明らかに人間の選択淘汰によるものだ。

一方、所有欲の弱い犬種もいる。たとえば、レトリーバーなどの狩猟犬種。彼らがいちいち、口にくわえているものを主張していれば、回収犬としては役立たずだ。

ただし、お仕事系の犬が必ずしも、所有欲が弱いとは限らない。前述のアンナさんの調査では、ロットワイラー及びオーストラリアン・シェパードなど牧羊犬種に属する犬が、食べ物や寝床をめぐって防衛行動を他の犬よりも顕著に見せている。彼女の説明は、牧羊犬の多くはワーキング系の犬であり、当然のことだろうという。というのも、スウェーデンの行動学者であるK・スヴァットベリー博士の研究では、多くの犬のワーキングの能力は、遊び心と攻撃性に比例しているという結果を出している。

こんな風に犬種によって差もあるぐらいだから、所有欲に根ざす防衛行動というのは犬として生まれつきであり、ごく当たり前と考えるのがいいのだろう。そして多くの飼い主は、犬が防衛行動を見せるとき、それほど「リーダーシップ理論」にこだわっていない、とアンナさんは結論を出している。これはなかなかポジティブではないかと思うのだ。

(本記事はdog actuallyにて2012年2月1日に初出したものを一部修正して公開しています)

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