文:尾形聡子
他者に対して共感する気持ちを持つのは人だけなのでしょうか?種の異なる生物同士で気持ちを通じ合わせることはできるのでしょうか?
他者の気持ちを推し量ったり、理解したりする機能 “心の理論“は、物理的に目に見える世界に対する理解ではなく、他者の心の中の世界を理解する能力です。心の理論の発達のための基盤となるのが、情動伝染(Emotional Contagion)です。情動伝染はあくびや笑いなど感情移入を伴わない、単純に人から人へうつるもののことをいいます。人は生まれてすぐにこの”心の理論”を持つようになるわけではなく、成長に伴い情動伝染や模倣などを学習し、段階を踏みながら他者に共感する心を成長させていきます。
犬が人に共感する能力を持つかどうかについては多くの研究が行われてきていますが、その中で人から犬にあくびがうつる現象が存在することはすでに示されています。つまり、犬は情動伝染する能力を持っているといえ、このことは、犬は人に感情移入できるという可能性があることを示唆するものとも考えられます。
そしてこのたび、スウェーデンのルンド(Lund)大学の研究者らにより、果たして犬は何歳くらいからあくびがうつるようになるのか?という研究が行われ、その結果が動物認知科学の専門誌『Animal Cognition』に発表されました。
研究者らは4ヶ月齢から14ヶ月齢の35頭の犬に対して実験を行いました。実験者が犬と遊んだり寄り添ったりしている間に、繰り返しあくびをする、大きな口をあける、そのどちらもしない、という行動をとった場合に、犬がどのような反応を示すか観察したところ、生後7ヶ月齢以上の犬にのみ伝染性のあくび、すなわち、あくびがうつる現象が見られたそうです。
このことは、人の場合には4歳くらいからあくびがうつるようになるのと同じように、犬も成長に伴って情動伝染するようになることを示すものです。研究者らはこれらの結果から、仮に犬に人のあくびがうつることが人に共感している反応の表れでもあるとすると、そのベースとなる模倣や情動伝染は産まれてから1年ほどの期間にゆっくりと成長させていっているのかもしれないといっています。
また、大人の場合には、親しい間柄になるほどあくびがうつりやすいことが分かっています。このことを受けて、犬にとって実験者が親しい人かそうでないかによるあくびのうつり方に違いがあるかどうか調べたところ、うつり方に差はみられなかったそうです。この結果は人の子どもとも同じであることから、研究者らはこれについて、共感をベースとした伝染性のあくびが社会的コミュニケーションシグナルとして影響を及ぼす生物種において、そのような行動の発達は、成長の終わりの方のステージになって出てくるものではないかと示唆しています。
私たちは犬と言葉で会話をすることはできませんから、犬が人間に共感しているのかどうか、本当のところは計り知れない部分もあるでしょう。とはいえ、犬にも人と似たような心があることが研究によって少しずつ証明されはじめています。科学的な視点から客観的に犬の心を解き明かしていくことは、広く犬という動物を理解していくためにも大切なことだと思うのです。
(本記事はdog actuallyにて2012年10月31日に初出したものを一部修正して公開しています)
【参考サイト】
・PHYS.COM