ダウントン・アビーの黄色いラブラドール・レトリーバー

文:藤田りか子

ダウントン・アビーのオープニング

ちょいと(というかかなり)トレンドに乗り遅れてしまったが、つい最近になり初めてあの有名なイギリス時代劇&テレビドラマシリーズ「ダウントン・アビー」をNetflixで観た。第一話からストーリーにはまり、観出したら止まらなくなってしまった。全6シーズンをあっという間に完賞(観賞)。このシリーズがなぜ世界中で一世風靡したのか、深く納得した。というわけで自身の興奮さめやらぬところで、今更ですがダウントン・アビーの話を…。

ドラマの詳細や背景についてはさまざまなメディアで紹介されているのでここでは省くとして、犬好きなら気になるドラマのオープニングに入るテーマ曲とともに映る黄色いラブラドール・レトリーバー。ダウントン邸宅の主、グランサム伯爵の愛犬としてドラマのあちこちに登場する。これを見ると視聴者は「なーるほど、1900年代初期(ドラマの時代設定は1912〜1925年)においてラブラドールは伯爵のお屋敷で飼われるようなペットだったのかー」と思うはずだ。レトリーバーは1800年代以降イギリス貴族の間で作り込まれた鳥猟犬(ガンドッグ)。歴史的には正しいはずだが…、いや、ちょっと待った!

ダウントン・アビーの舞台となったハイクレア城。[Photo by Bas Sijpkes]

ダウントン・アビーは文化背景、セッティング、衣装はもちろん車など歴史的正確性について入念なリサーチの末に制作されたドラマと言われている。とはいえ、その世界のマニアともなると、ついミスがないかと探してしまうものだ。クラシックカー・ファンであれば「背景にあったあの車は1925年以前にはなかったはず…」などと厳しくチェックを入れる。そして私もそんな一人なのであった(とほほ)。なにしろ犬種歴史に興味があるゆえに、このドラマに限らず時代劇に犬種が登場するとすぐに「本当にこの時代にこの犬種はいたのだろうか?」と検証するのは癖にすらなっている。

ドラマのオープニングを見た途端に気になったのは、まずラブラドール・レトリーバーのコートカラーだ。あの時代に黄色いレトリーバーが飼われることがあったのだろうか。とっさに湧いた疑問である。黄色いコートカラーは、当時はむしろ例外として扱われていて、ブラックの方が「カッコイイ」とか「正統」いう認識がガンドッグファンの間にはあった。これはフラットコーテッドレトリーバーやカーリーコーテッドレトリーバーの歴史についても同様だ。

イエロー・ラブラドール・レトリーバーが初めてイギリスのケネルクラブに登録されたのは、1899年。そのときは、ラブラドール・レトリーバーとも呼ばれず、ウェービーコーテッド・レトリーバーというカテゴリーの中に放り込まれていた。そう、当時はレトリーバー(回収犬)といえば、ウェービーコーテッド・レトリーバーの全盛期。何をかくそう、ウェービーコーテッド・レトリーバーこそ、フラットコーテッド・レトリーバーの前身にあたる犬だ。

Ben of Hyde (b.1899), the first recognized yellow Labrador. | Labrador retriever funny, Labrador breed, Labrador retriever dog
May 12, 2012 - Ben of Hyde (b.1899), the first recognized yellow Labrador.

黄色いラブラドール・レトリーバーとして初めて登録された犬。Ben of Hyde。

ウェービーコートに対して、スムースコートのレトリーバーが独自の犬種「ラブラドール・レトリーバー」としてイギリスのケネルクラブに認められたのは1903年のこと。その時ですら、黄色いラブラドール・レトリーバーはレアカラーであり、ほんの一部の人の元にいたのみ。しかし、いつの世にも「変わり者」はいる。黄色いラブラドール・レトリーバーを保存して守ろう!という有志があつまり「イエローラブラドール・レトリーバークラブ」が1925年に設立された。

以上がイエロー・ラブラドール・レトリーバーの歴史的背景だ。となると、ドラマの時代設定(1912〜1925)で、グランサム伯爵の犬が黄色いコートのラブラドールであった確率は非常に低くなる。そもそもラブラドール・レトリーバーであったかという点でも疑問が湧く。スムースコートのレトリーバーではなく、当時人気のウェービーコーテッド・レトリーバーこそが、伯爵の愛するペットではなかったのだろうか。ならば、ドラマではフラットコーテッド・レトリーバーを起用すればよかったのだ。世界のフラットコーテッド・レトリーバーファンがどんなに喜んだことだろう…。

19世紀末にイギリスのスポーツマンの間で全盛を極めたレトリーバー、ウェービー・コーテッド・レトリーバー。この犬はフラットコーテッド・レトリーバーの祖先にあたる。The Dog  By Stonehenge (1896)より。

ダウントン・アビーにもしフラットコーテッド・レトリーバーを伯爵の愛犬として起用していたら…?[Photo by Felix Horn]

でもきっとこういうことかもしれない。ドラマの主人公の愛犬には明るい色の方が好感が持てるし、オーディエンスにもわかりやすい(黒いコートだと背景に消されやすい)。しかしフラットコーテッド・レトリーバーはブラックとレバーしかカラーバリエーションがないから、役には向いていない。ではゴールデン・レトリーバーではどうだ?と思われるだろう。しかしゴールデンは当時スコットランドのガンドッグであり、ドラマの舞台となっているのはヨークシャーだ。おまけに当時はそれほど知られていなかった(ゴールデンはウェービーコーテッド・レトリーバーの中でも稀な黄色いコート個体から改良され作られた犬種)

ならばやっぱり黄色いラブラドールの方が、たとえ確率的には低くても、信憑性がある、ドラマ映えする、ということで、この起用に至ったのだろうか。いや、そこまで深読みする必要もなかったかな?

なお、ラブラドール・レトリーバー、ウェービーコーテッド・レトリーバー、およびフラットコーテッド・レトリーバーの歴史に興味がある人はこちら犬曰くムックを参考に!10ページ以上に及ぶふかーい解説は読み応えばっちり!(↓)

ちなみにダウントン・アビーの舞台となったハイクレア城では、毎年カントリーショーを開催している。これはカントリースポーツのための催し。ダウントンアビーを見てもわかるとおり、当時のスポーツとはすなわちカントリーサイドで猟をしたりフライフィッシングをたしなむこと。ハイクレア城のカントリーショーでは、レトリーバーのための競技やデモストレーションも開催されている。どうせハイクレア城を楽しむのなら、カントリーショーが開催されているときにいかがかな?

ハイクレアで開催されたレトリーバーのための競技会。 [Photo by Yoko Matsushima]

競技で優勝したチームにはハイクレア城のカナーヴォン伯爵夫人が優勝カップを贈呈。[Photo by Yoko Matsushima]