オオカミそしてオオカミ犬、コロラドで学んだこと

文と写真:田島美和

前回からの続きだ。

オオカミと犬

当時、Mission: Wolfで飼育されていたオオカミと犬は全部で33頭いた。日本でもフクロウやカワウソなどといったエキゾチックアニマルの飼育が人気なように、アメリカでは大型野生哺乳類の飼育が一定の人気を保っている。その傾向はオオカミについても例外ではなく、アメリカでは日本と同じように、少しでも犬の血が入っていれば、オオカミ犬を犬として飼えることになっている。

だが、実際にはオオカミ犬を犬と同じように飼うのは不可能だ。それは、チンパンジーを人間と同じように育てようとするようなもの。だから、面倒を見切れない、と飼育放棄されて行き場を失ったオオカミとオオカミ犬がこの施設には集められている。そして、人々に野生動物はペットにならないということを、オオカミを例に伝えると同時に、オオカミがアメリカで絶滅した歴史や、オオカミの生態、今後オオカミと共存するにはどうしたらよいかなどを伝えている。

しっかりと説明を受けた後、実際にオオカミと触れ合うことができる。一見、施設のコンセプトと矛盾しているように見えるが、このように実際に触れ合うことによって、より理解を深めることができる。しかし、人と触れ合うことのできる個体は厳選された一部のオオカミだけで、人の動きとオオカミの動きをスタッフが注意深く見守る中で行われる。

まず人々が思うのは、「オオカミを飼うなんて危険すぎる」、つまり「オオカミに食べられたらどうするんだ?」という疑問だ。ところが一般に信じられていることと異なり、そもそも、オオカミは人を獲物と見なしていないし、そもそも、自然界では人間が唯一のオオカミの天敵だ。

オオカミを飼育しようとする場合、最も問題になるのがオオカミは「臆病」な動物であるということ。ノルウェーのオオカミ研究者は、野生のオオカミの子供を母親の目の前で触っていても、母親は人が怖くて近寄ってこないと言っていた。そのくらい、オオカミは怖がりだ。野犬を育てるのと同じように、この臆病さを乗り越えて、人に慣れさせるには辛抱さが問われる。上手くいけば、飼い主との間に非常に強い絆を確立することができる。しかしそれは、人間社会で生きていく上で決して良いことではない。知らない人に対して極度に怯えたり、留守番ができなかったりする。だから、番犬には全く向かない。さらに、縄張り意識が非常に強いため、旅行に連れていけなかったり、他の犬との接触を避けなければならなかったりする。

オオカミは強そうな動物という印象は間違っていない。オオカミは広い縄張りを形成し、その縄張りを管理するため、また獲物を探すために一日に数十km移動するという。また、通常オオカミは自分よりも数倍体の大きな草食獣を捕食する。もちろん何の道具も持っていないオオカミは、身一つ、もしくは群れの仲間と協力してその大きな獲物を倒すのだ。毎日飼い主から粒粒の餌をもらっている犬と比べ物にならない顎を持っていることは容易に想像がつくだろう。また、オオカミは問題を解決する際に仲間を頼るのに対し、犬は人に頼る。だから、犬は人の動きを見てその人が何を考え、何を求めているのかを推察することができるが、オオカミにはこの能力が備わっていない。

このように、オオカミと犬、例えばシベリアン・ハスキーを比べたとすると、顎の力、脚力、持久力の全てにおいてオオカミの方が強く、嗅覚・視覚・聴覚も勝る。これは全てオオカミが野生で生きていくうえで必要な能力であって、人間と暮らし始めた犬には不要になった。人間は用途別に、犬の形も性格も自由自在に変えていったのだ。

左の男性がMission: Wolfの創設者であるKent Weber氏。観客にシベリアン・ハスキーのKonaとオオカミ犬Mountain Spiritを見せながら、犬とオオカミの違いを説明する。

オオカミの餌

大きな仕事のうち、馬の解体という作業があった。近隣の農家から、病気で死んでしまった馬や、高齢や怪我などを理由にやむを得ず安楽殺を決められた馬が運ばれてきて、ここで解体してオオカミたちの餌として精肉する作業だ。運ばれてくるのは馬に限らず、交通事故で死んだ野生のシカ類の他、牛やヤギ、そしてアルパカが運ばれてきたこともあった。

安楽殺は速やかに行われる。ネイティブアメリカンのしきたりに習い、野草を乾燥させて作ったお線香のようなものに火をつけて手に持ちながら、安楽殺する動物の身体をさする。そして、バケツに入った餌を食べている間に、ピストルで額を撃つ。全身に力が入り、どっと地面に倒れこんで数秒間苦しそうなそぶりを見せたのち、ぐったりと力が抜ける。角膜に触れて瞬きをしないことを確認したら、解体の始まりだ。この魂が抜ける瞬間は何度見ても慣れない。でも、肉を食べる全ての人が見るべきものでもあると思う。

内臓の取り出しと、四肢の分断、腰骨、首、頭を外す作業のみ2~3人で終えた後、骨を抜き取って肉を細かく刻む作業をそのときにいるだけの人を集めて行う。腹にナイフを刺してから、最後に手にこびりついた血を洗い流すまで、4時間はかかる重労働だ。

驚いたのは、体験教室などで施設を訪れた子供たちも参加できるということだった。中にはどうしても血が苦手で手伝えないという子もいたが、ほとんどが参加していた。最初は抵抗があるものの、段々楽しくなっているのが伝わってきた。そして皆、食べるということはどういうことなのかを学んでいった。実際に、この施設を訪れてベジタリアンやビーガンを志す人が続出するという。

頭部を切断するために斧を振り上げるボランティアスタッフ。彼は動物解体担当になったが、同時にビーガンにもなった。

刻んだ肉は箱に詰め、すぐに使う分だけ残して後は村の冷凍庫へ収納する。給餌は1日1回のDaily Feedと週に2回のBig Feedがある。Daily Feedでは主に不足しがちなビタミンや薬を摂取させるために給餌する。その時の餌の量は肉が数g~1kg程度とドッグフードが1カップのみであるのに対し、Big Feedでは20kg近い量の肉と骨を与える。オオカミは野生下では毎日狩りをするわけではなく、数日おきに大量に食べることから、飼育下でもこの方が健康に良いとされている。

給餌の際、オオカミたちは少々興奮気味になるので、飼育員と直接接触することがないようフェンス越しに行うが、このときオオカミたちがいかに人を恐れているかを垣間見ることができる。餌を持って行ったらフェンスにとびかかってきそうなイメージをすると思うが、実際には全くそうではない。

例えば、Daily Feedはフェンスに設けられた小さなポストから餌を挿入する。すかさずがっついて食べる個体もいるが、腰は引き気味で常に体重を後ろにかけている。また、人が少し離れるか、人が背を向けないと食べに来られない個体もいる。大きな肉塊をもってフェンスの中に入ったとしても、まず飛びついてくる個体はいない。

Daily Feedをフェンス越しに与える様子。ホッキョクオオカミの血を引くMagpieはMission: Wolfのなかでも人間に対してより友好的なオオカミとして有名だったが、それでも写真からわかるように給餌の時間は控えめな態度を見せる。ドレッドヘアやモヒカンは、オオカミからすると毛を逆立てているように見えてしまうため、そういったヘアスタイルの人はフードを被るように指示される。

動物を飼うということ

私が思うに、人がある動物を魅力的に思って、手懐けたくなるのは本能的なものであって、人類が誕生してから世界各地で行われてきたことなのだと思う。だから野生動物であろうと家畜であろうと見境なく飼いたくなるのも仕方がない。私も幼い頃から動物が大好きで、シマリスを飼ってみたり、動物園に行ってはしゃいだりしていた。しかしは本来の姿とはかけ離れているということをちゃんと認識してもらいたい。野生動物と、そうではない何世代も改良を重ねられてきた家畜とを区別してほしい。確かに、飼育しながらその動物を観察すると、様々な発見があり、動物好きにとってはたまらない瞬間でもある。しかし、その動物が本来、どのような場所でどのような環境で生きていて、どういった経緯で目の前のペットショップに売られているのかを、想像してほしい。これ以上、不幸な命が売買され、そして廃棄されることがないように。

Mission: Wolfでは基本的にオスとメスで1ペアずつ飼育するが、ブリーディングは行っていない。写真の黒くて大きな純血オオカミMaxは、幼い頃から人間に育てられたこともあって、他のオオカミとうまくコミュニケーションをとることができず、今でも一頭で暮らしている。それでもやはり友達が欲しいのか、人間の子供を見ると興味を示して近寄ってくる。以前飼われていた家族には幼い子供がいたそうだ。

最新のMission: Wolfに関する情報は、下記リンクを参照したい。https://missionwolf.org/

文:田島美和 (たじま みわ)

オオカミのことが頭から離れなくなってかれこれ20年。日本では見られなくなってしまった、オオカミという動物の真の生態、そして人とオオカミの関係を探るべく、アメリカ、ヨーロッパ、インド、そして北欧へと飛び回る。修士では北欧のオオカミの縄張りについてを研究した。

【関連記事】

コロラドへ...オオカミを学ぶ
文と写真:田島美和 もうかれこれ6年も前のこと。私はアメリカ、コロラド州にいた。デンバーから南へ車を走らせると、たちまち人工物がまばらになり、広大な…【続きを読む】