ガンドッグ・ファッションで悩む

文と写真:藤田りか子

ドッグスポーツの世界には不文律のドレスコードみたいなものが存在している。ドッグショーの女性ハンドラーがよく着ている膝上丈スカートにかっちりとした上着のコーディネート、ジャーマン・シェパードやドーベルマンのハンドラーが訓練競技会に出る際のトレパン・ファッション、オビディエンス女子が練習の時につけているトリーツ・エプロンやドッグハンドラーベストなどなど…。

ガンドッグの世界も例外ではない。シューティングの時に着る服装がベースだ。狩猟用のモスグリーンからブラウン系のジャケット。タッタソールチェックのシャツ、あとゴム長靴…じゃなくてブーツなどなど(ウェリントンブーツとも言います)。これらにいちいち老舗ブランドのアイテムがあるのも他のドッグスポーツと一線を画すところだ。レベルはかなりハイソ。何しろ200年前から貴族がやっていたスポーツ。ヨーロッパでは今だってガンドッグを伴うキジやパートリッジのシューティングにはみなお洒落をしてやってくる。ちなみにアメリカでガンドッグをやっている人、ヨーロッパでやっている人、ドレスコードのカルチャーが違う、ということも付け足しておこう。そしてヨーロッパの方が洒落たアイテムが多い(と個人的に思う)。

ヨーロピアン狩猟ファッションの概念に慣れていない方は、こちらの動画(↓)をどうぞ!フランスのゴムブーツの会社Le ChameauのYOUTUBE。このブーツは北欧でもヨーロッパでも狩猟家の間で人気だ。動画の舞台は(フランスじゃなくて)イギリス・スコットランド。アカシカの狩猟の想定で制作されているのだろう。レトリーバーが活躍するキジ猟とはちょっと違うのだけど、ハイソな雰囲気が伝わってくると思う。

スコットランドのハイランド、お城の領主におそらく狩猟のご招待をうけたカップルがやってくる。スコッチを飲んで、暖炉があって…。

なーんて、そんな知ったふうなことを言っておきながら、私自身は服装にけっこう無頓着だ。このブログではその悩みを綴ろうと思う。服屋に行っても、どれをどうコーディネートしたらいいのかわからず、何も買わずに帰ってくることが多い。犬のトレーニングをする時もこれまでアウトドア用のトレパンを履いてずっと行っていた。スウェーデンではオビディエンスやノーズワークなどのドッグハンドラーの間では定番アイテム。トレパンは着心地がいいし、ポケットがたくさんあるし、洗濯にも強い。そして何よりも「みんなが履いている」。その格好のままガンドッグの世界に入ってしまい、ある時自分だけ場違いな服装をしていることに気がついた。

それはワーキングテストという競技会に初めて出場した折。なんとジャッジはこの暑い最中ベストを着てご丁寧にネクタイもつけていた。短パンとサンダルで歩きたいだろうに、とふと周りをみると、競技参加者も皆やはりいかにもガンドッグハンドラー風の装いであった。

「ま、どうせすぐラインから抜けるのだからいいや」

と思いきや初出場にかかわらず優勝をした。優勝者は前にでてスピーチをすることになっている。いつものノーズワークのトレパン姿にTシャツといういで立ちだ。どうしようと一瞬冷や汗ものだったが、車に積んであったフランネルのシャツがチェック柄だったのでせめてこれでも、といそいで羽織ってスピーチに臨んだ。その次のフィールド・トライアルでも有り合わせの服で出場し、賞をもらいやはり皆の前に立つことになった。

ガンドッグハンドラーは右のお姉さんのようにかっこよく決めたいものだ。ツィードのキャップ。ブーツもアイルランド製の某有名ブランドのものだ。

やっぱりこれはまずい。もっと研究をして自分もきちんとしたガンドッグ・ファッションを身に纏わねば。フィールドトライアルのルールには「適切な服装を」とすら記されている(適切な、というのが解釈の余地があるところだが、実はもう決まっている)。ネットショップをチェックした。その時から私のFacebookにはガンドッグ・ファッションに関連する広告がしょっちゅう入るようになり、それをクリックしてはじっと眺める日が続いていた。何から揃えれば少しはガンドッグ競技者らしく見えるのだろう?どれもお高いアイテムばかりだ。

ベースボールキャップをやめてツィードのキャップを買えばそれらしくなるかな?タッタソールチェックのシャツを買うべきか?いや、でもシャツごときに1万円も出せない。ジャケットだろうか?でも春・秋用かそれとも冬のジャケットに投資すべきなのか?でも、まてよ。どうせダミーベストを着てしまえば、下にどんなジャケットを着ていてもわかるものじゃない。ならベストを新調すればいい?だが、今持っているダミーべストも悪くない。最近では誰も身につけていないとても古いタイプのものだが、私はとても気に入っている。最近のタイプと比べ、たくさんポケットがついており、おまけに背についている大きなポケットにダミーを入れやすい。そして何より肩が凝らない。

じゃ、ブーツはどうだ。ブーツは履き心地のよいものが本当に必要だ。トライアルでは一日中歩かなければならないことだってある。それも泥がぐちゃぐちゃのところもあれば、石がゴロゴロしている草丈の高いところもある。草丈が低くてもテンサイ畑などは最悪だ。ウォークアップをしながら、何度も転びそうになったものだ。ハンティング用のブーツは見かけがいいだけではなく、履き心地がいい。これなら機能とルックスを兼ね備える良き投資アイテムに思えた。

よしブーツを買うぞ。これが私の見かけの全てを変えてくれるだろう。そして、クリックをしてお支払い完了ボタンを押す直前。

「やっぱりやーめた」

今持っている長靴でいいじゃないか。まだまだ十分ウォータープルーフだ。こんなことに気をつかっていると、きっとアシカのトレーニングが疎かになるかもしれない。小学生の頃からの

「おしゃれなんかに気を使っていると勉強ができなくなりますよ」

という学校の教師や親の呪縛からまだ解かれてない。

 

テンサイ畑にキジやウズラが潜んでいる。そこを我々が勢子として歩き鳥を飛び立たせる。だが、この畑を歩くのは容易ではない。特にスウェーデン人とくらべて脚が短い私には…。土から盛り上がったテンサイのカブにつっかかって何度も転びそうに。

その数日後Facebookのスウェーデン・ガンドッググループの誰かが

「次のトライアルにどんな服装をすればいいんだろう」

という投稿をしているのをたまたま見つけた。

「このスポーツを作ったイギリスの伝統に敬意を表するためにも一定のドレスコードは満たすべき」

というコメントに始まり

「夏でも男性ジャッジはネクタイを、女性ジャッジならスカートを履くんですよねー」

「スカーフもまかなきゃ」

などなど真面目なもの、ふざけたものも合わせてコメント数は100を超えた。さすがに馬鹿らしく思ったのだろう。このディスカッションを終わりにしたのは他でもないAパネルジャッジ(フィールドトライアルのジャッジとしては一番知識と経験のあるタイトル)の資格を持つBさんであった。

「いい加減にしなさい。そんなことよりトレーニングに専念していい犬を連れてきなさい!」

Bさんはイギリスやヨーロッパで100を超えるフィールドトライアルに参加している人だ。それこそいつも上から下までとてもカッコよくブリティッシュに決めている。

「なんだBさんだってそういう風に言っている!」

服装のことについてクヨクヨする必要なんてやっぱりなかったのだ。鳥に目立たないよう緑っぽい服を着ていればいい。もし将来オープンクラスで賞を取るような奇跡でも起これば、その時はイギリスにアシカと行ってかっこいいジャケットとハンティングブーツを買い揃えよう。

家に有り合わせのアイテムで、ほら、なんとかこのとおり「らしく」見える!しばらくこれで通すぞ。鳥を驚かすようなカラーでなければいいのだ。