オーストラリアン・ラブラドゥードゥルは遺伝的にはラブ?それともプードル?

文:尾形聡子


[photo by JD]

かれこれ10年ほど前になるでしょうか、種の違う純血種同士を交配して誕生したF1(雑種第一代)の子犬たちがアメリカで大流行。その波はもれなく日本にも押し寄せ、いわゆるデザイナードッグと呼ばれる犬たちがペットショップに並ぶようになりました。そして今もなお、そのような犬たちがごく当たり前のように作り出され、販売されています。

そんなデザイナードッグのはしりとも捉えられてしまっているのがラブラドゥードゥルです。しかしラブラドゥードゥルは、犬アレルギーのある視覚障がい者のためのアレルギーフレンドリーな盲導犬を、というれっきとした目的をもって作り出された犬。1989年、オーストラリア王立盲導犬協会に勤める男性が、ラブラドール・レトリーバーにアレルギーを起こしにくい被毛をもつスタンダード・プードルを交配させたのが始まりでした。その男性が最初にラブラドゥードゥルを誕生させてから30年後の昨年、「怪物を解き放った」として後悔の念を抱いていることを表明したニュースを目にした方も多いことでしょう。

「怪物解き放った」、ラブラドゥードルの生みの親が後悔表明
意図せず「フランケンシュタインの怪物」を解き放ってしまった――。雑種犬ラブラドゥードルの生みの親の男性が、オーストラリア放送協会のポッドキャストで後悔の念を表明した。

盲導犬協会でのラブラドゥードゥルの交配は続けられることはありませんでしたが、その後、興味を持ったブリーダーたちにより改良が進められていきました。オーストラリアン・ラブラドゥードゥル協会が設立され、ラブラドールとプードル以外にもアイリッシュ・ウォーター・スパニエルやアメリカン・コッカー・スパニエルなど他犬種との交配も交えながら誕生したのがオーストラリアン・ラブラドゥードゥルです(FCI未公認)。

通常、デザイナードッグのF1個体であれば両親犬それぞれのゲノムを半分ずつ持つこととなりますが、ラブとプードル以外の犬種の血も交えながらの交配の歴史を辿ってきたオーストラリアン・ラブラドゥードゥルは、はたしてゲノム的にどの犬種の血がどの程度入って犬種として固定されてきたものなのでしょうか。先日『PLOS Genetics』に発表された研究によれば、オーストラリアン・ラブラドゥードゥルは遺伝的にほぼプードルであることが示されました。

遺伝的には、ほぼプードル

ゲノム解析を行なったのは犬ゲノム研究では世界屈指のアメリカの国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)が率いる研究チーム。オーストラリアン・ラブラドゥードゥル21頭と以下の写真の犬種たち各10頭ずつのゲノムの15万箇所以上ものSNP(一塩基多型)の比較解析を行いました。


[image from PLOS GeneticsFig1] この研究で遺伝子解析された、オーストラリアン・ラブラドゥードゥルの犬種確立に参加した犬種。A:ラブラドール・レトリーバー、B:オーストラリアン・ラブラドゥードゥル、C:スタンダード・プードル、D:ミニチュア・プードル、E:イングリッシュ・コッカー・スパニエル、F:アメリカン・コッカー・スパニエル、G:アイリッシュ・ウォーター・スパニエル。

その結果、オーストラリアン・ラブラドゥードゥルは遺伝的にはほとんどプードルで、元となったラブラドールはもとより、途中で交配にくわわった他の犬種においても遺伝子的にはそれほど寄与していないことが示されました。

とりわけ被毛に関してはほとんどがプードルの遺伝子が占めていました。これは、もともと抜け毛の少ない犬、アレルギーの起こりにくい犬という作出目的があったため、プードルような被毛であるのを優先して繁殖が行われてきたから、ということを示す結果でもあるでしょう。

さらに今回の結果は、ほんの少しの遺伝子変異だけでも新しい犬種として固定できることを示すものだとも研究者らはいっています。


[photo by E SSK]

そもそも犬種の改良の歴史において人々は、他犬種を掛け合わせてよりよい作業能力を持つ犬種を作り出してきました。ラブラドゥードゥルも同じように、サービスドッグとしてよりよい犬を作ろうとしたのが最初の目的です。そういう意味では、目的もはっきりせず「プードルをかければ売れる」「チワワをかけて小さくしよう」など安易に他犬種同士を交配させているようなデザイナードッグとは最初の一歩から一線を画しています。

また、ほとんどのデザイナードッグはF1が売られていて、「犬種」としては固定されていません。一方、オーストラリアン・ラブラドゥードゥルは犬種として確立するために交配を繰り返して改良が重ねられてきました。犬種団体からの公認されることを目指す「オーストラリアン・ラブラドゥードゥル」は、ラブとプードルを交配させたF1の「ラブラドゥードゥル」とは異なることに注意しなくてはなりません。

最近では純血種の遺伝病の多さを鑑み、他犬種との交配を加えることで犬種の健全性を高めるような動きも出てきています。しかし、ラブラドゥードゥルの生みの親である男性が上記リンク先記事中で危惧していたように、デザイナードッグであるF1個体はむしろ両犬種からの遺伝病を受け継いでしまい、個体としての健全性がさらに低下することも考えられます。

その時代にあった新しい犬種を作出することはあって然るべき状況でしょう。ただし、いつの時代であってもどんな犬種であっても、人の手で犬を作り出す以上は犬の福祉を蔑ろにすべきではありません。犬たちの未来の健康は人の手で守っていくものだと思うのです。

【参考文献】

Genetic analysis of the modern Australian labradoodle dog breed reveals an excess of the poodle genome. PLOS Genetics, 2020; 16 (9): e1008956