人の孤独と犬との暮らし

文と写真:尾形聡子

つい先日、最近犬を亡くしたばかりという近所の女性とすれ違った。その女性が飼っていた犬はタロウの「どうにもこらえきれずに吠えてしまうオス犬」のうちの一頭だったので、いつも遠目であいさつを交わすくらいだった。なのでそれほど面識があるわけではなかったが、地元の散歩友達が共通していることもあって自然と親しみを抱いていた。

その女性と久しぶりにバッタリ会ったのは朝の散歩中。少しの間一緒に歩きながらおしゃべりをした。

「実はね、うちの犬、この前突然亡くなっちゃってさ。まだ11歳だったんだけどね…。40年間ずっと犬を飼い続けてきたから犬がいない生活を送るっていうのがものすごく寂しくて。でも、先のことを考えると新しい犬は絶対にダメだと家族に反対されちゃってるから」

思いもよらぬ不幸の知らせに胸が詰まった。

「これまで散歩で会うときにはゆっくり話ができなかったから、今日は嬉しいわ。おたくの犬たちにはもうちょっと頑張ってもらってね」

話している時間は1分にも満たなかっただろう。だが、いろんな感情が素直に湧き上がってきた。その中でも真っ先に嬉しかったのが、お互いの散歩中に会ってもほとんど会話らしき会話をしたことがなかったのに、彼女は犬を亡くしてもなお、普通に話しかけてきてくれたことだ。

犬との暮らしが人の社会的孤立を和らげる傾向にあると言われて久しい。それは必ずしもすべての犬の飼い主に当てはまることではないが、少なからずその影響をいいものとして感じている人がいるのは事実でもある。欧米の先進国にはそういったことを調査する公衆衛生的、社会学的、心理学的なアプローチからの研究が山ほどある。高齢者、中でも独居高齢者にターゲットを絞っている研究も多い。

先日発表されたドイツのハンブルグエッペンドルフ大学からの研究もそのひとつだ。研究者らは65歳以上のひとり暮らし高齢者のペット(犬・猫)の飼育の有無が、うつの症状や孤独、社会的孤立といった精神面に及ぼす影響があるかどうかを調査していた。なぜならこれらの精神面への影響は独居高齢者がより受けやすいことがこれまでに示されているからだ。

調査対象となった高齢者1,160人中、ペットを飼育していない人が952人(82.1%)、猫の飼育者が145人(12.5%)、犬が63人(5.4%)。ペットそのものを飼育していない高齢者が圧倒的に多いのは、日本の状況とそう変わらないだろう。

データ解析の結果、犬を飼っている人はペットを何も飼っていない人ほど社会的孤立を感じないで済んでいるようだが、猫を飼っている人と飼っていない人との孤立感にはあまり差がなかったようだ。性差による違いはさらに明確だ。犬と暮らす女性はペットのいない女性よりも社会的孤立や孤独をはるかに感じていなかったのだ。しかし一方で、男性はペットがいてもいなくても結果にそれほど相違はなかったことが示された。

この結果を見て明らかなのは、やはり、「犬を連れて散歩に出かける」という点が「社会的な孤立感」の軽減につながっていることだ。通常、猫とは一緒に散歩をしない。そこは犬との大きな相違点と言える。

先に述べた女性は40年の犬との生活を通じてある種の「地域社会での交流能力」を培ってきたのだと思う。なので、彼女は犬を亡くした後でも、バッタリ出会った散歩中の私と自然に会話を始めることができる。彼女にとって犬がいなくなってしまったことの寂しさはもちろんあるだろうし、それに付随して孤独感が強まってもいるかもしれない。けれど、40年続けてきた犬との散歩生活がつくりあげた彼女の地域社会性は、犬が亡くなったとたんに失われるものではないと強く感じた。

逆を言えば、40年も地元を散歩し続ける男性はそうそういないと思う。たいていの男性は女性中心になりがちな井戸端会議に首を突っ込むのも苦手とするだろう。高齢になってからいきなり犬との暮らしが始まったとしても、そう簡単には「地元デビュー」しにくい傾向にあるのかもしれず、だからこそ男性は犬と暮らすことによる社会的交流がつくりだすメリットを受けにくいのかもしれないとも思った。

高齢化や社会生活からの隔離による孤独が原因となる問題も世界的に注目が集まっている。2018年にイギリスで「孤独担当大臣」の職が置かれるようになったのはまだ記憶に新しい。

「孤独」に社会で向き合う英国、その背景とは
【読売新聞】 生涯未婚率の増加や高齢者の「孤独死」が報じられる一方で、書店には「孤独」を前向きにとらえた本が並ぶ日本。孤独は個人の心の問題ととらえられることが多いが、英国では内閣に孤独担当大臣のポストを新設し、政府が対策に乗り出した

孤独の原因は果たしてどこにあるのだろうか?孤独から逃れたいから、寂しさを紛らわせてもらいたいから犬を飼うという発想は、逆に自らに危険が返ってくる可能性を伴うことは以前紹介したとおりだ。社会的孤立を感じている犬の飼育者の中で、擬人化傾向にあるほど犬への愛着が強く、孤独やうつ症状を抱えやすいことがその研究では示されていた。

こんなことを書きながら。ひとり暮らしが長い私は残念ながら例にもれず、実に孤独を感じやすいし、社会的孤立をしやすい環境であるのを認めざるを得ない。タロウとハナとの暮らしは楽しいし、安心できるし、心をとても豊かにしてくれる。とは言え、やはり人と犬は違うとも実感し続けている。もちろん似通っているところはたくさんあるが、犬は人の代わりではないし、人は犬の代わりでもない。そう思う。

今年になって15歳になったタロウとハナの老い先は短いだろう。もしかしたらすぐそこまでやってきているかもしれないが、毎日の散歩で会う散歩仲間や高齢者、商店街の人たちなどとのコミュニケーションを大切にしたいとあらためて思った次第だ。タロハナがいなくなってしまったあとの生活がどうなるのかなんて、まったく想像がつかない。けれども、冒頭の彼女のように、タロハナ亡きあとも地元でちょっとした交流を続けていくことができたらいいなと思う。タロハナと一緒に散歩をしていたからこそ育んでこれた交流を、ずっと大切にしていければと思っている。

【参考文献】

How do cat owners, dog owners and individuals without pets differ in terms of psychosocial outcomes among individuals in old age without a partner? Aging Ment Health. 2019 Jul 31:1-7. 

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