ウィーンのホームレス連れ犬観察記

文と写真:藤田りか子

観光ルートをちょっと外れると、ウィーンの街の中ではこんな風景が見られる。犬の皿をお金を入れてもらう箱として使っていた。物乞いなのである。そしてよく、ブル系の犬を連れているものだ。

デンマーク人の友人であるAさんと、オーストリアはウィーンを訪れた。二人にとっては、初めての国である。ホテルにチェックインをして荷物を置いたら、早速ウィーン探索に街に繰り出した。そして、10分もしないうちに、この国の犬への関心とその事情について、なんとなく感じることができた。それは、いい意味でも悪い意味でも、であったのだが。

観光客のお決まりのルートから少し外れた区域にやってきた。ホームレスたちが、あちこちに座りこんでいた。面白いのは、多くが犬連れであったことだ。その犬たちはたいていが喧嘩をしたらさぞかし強そうなマッチョ然とした輩。

国をでてから5時間しかたっていないのに、我々二人はすでに愛犬へのホームシックにかかっていた。ピアスを顔中につけているヤング・ホームレスが連れている犬を通りで見つけ、たまらなく駆け寄った。怖そうな見かけの犬であるが友人はさっさと手なずけその犬を撫でていた。そして飼い主と世間話などを始めた。

「どうして、マズルをつけているの、あなたの犬?」

とAさん。

「あら、ウィーンでは規制があるの。公共の場でマズルを装着する義務」

ピアスの女性の犬は、ピットブル、アメリカン・スタフォードシャー・テリア、ロットワイラーのミックスだ。

「こういうタイプの犬を飼うには、試験にパスすることさえも必要になったの、最近」

試験とは、飼い主としての犬に対する知識テスト。13の指定された「喧嘩早い」犬種あるいはそのミックスのオーナーは、このテストにパスして、ドッグ・ライセンスを持たなければならない。今年(2010年当時)7月1日から施行された。

それはそれで、行政のいい試みだと思う。一方で犬好きの街として定評のあるウィーン、と考えるとなんとなくその厳しい規制に矛盾も感じる。が、犬連れが多すぎるだけに、その社会的器量なるものを、今や試されているともいえる。犬が多ければ、嫌いになる人だっているだろうし。

街で出会ったのは、ドーゴ・アルヘンティーノ。この犬を飼うには、ドッグライセンスが必要である。ドーゴはウイーンが指定する13種の「闘犬犬種指定」のひとつ。

次に出会った犬連れホームレスもやはりピアスの若いカップル。お金を乞うていた。犬も、前回と同じタイプ、マッチョ系。ただしマズルがついていなかった。犬も人も座りこんでいたのだが、その前を通行人の黒い犬が横切った瞬間、カップルの犬は、ガガっと攻撃をしかけた。

「だめじゃないか!」

ホームレスの男性がすぐさま犬をとりおさえ、バッグから金具のマズルを出してすぐに犬にはめた。規制を守っていないことがばれたら、大変だといわんばかり。そして犬を仰向けにして、

「誰がボスなのか、お前わかってないんだろう!」

と叱った。

「あ~あ、あんなしつけ方していたら、ますます犬をだめにする…」

と我々は見るに耐えられぬと、そそくさとその場を離れた。それにしても、これらピアス系の若い人々の犬訓練の知識は、一体どれぐらいなものなのだろう?とぼんやり考えた。

ただし、おじさんホームレスが連れている犬たちは、ピアス系ホームレスの犬とは異なっていた。ピットブルのようなみかけではなく、「ポチ」とでも名づけたくなる、いかにも雑種然とした犬が多かった。階段で瞑想でもしているかのように座っていた男性の犬は、スピッツ風のミックス犬であった。彼は

「俺の犬はリードなんかつける必要がないんだよ。どこにでもついてくるんだから」

と話してくれた。リードをつけるのも、今や義務なのだそうだ。ちょっと皮肉でもあるのだが、普通のペット犬よりも、おじさんホームレスに連れられた犬たちの方がよほど飼い主とのコンタクトが取れていたりする。ヨーヨーのようにかならず飼い主について歩いているものだ。

それこそドッグトレーニングスクールに参加したことなどないだろうし、いまどき流行りの陽性強化のしつけ本などまさか読んではおるまい。それでも犬たちは連れの人間と行動をシンクロナイズさせるかのように振舞っていた。飼い主が誰かと話し込めば、リラックスモードに切り替えその場に伏せをする。ふぅ~とため息をひとつついて、眠りこけるのだ。そして飼い主が次の場所に移ろうと歩き始めれば、ささっと起き上がり、トコトコついてゆく。まるでオンとオフのスイッチを持っているかのようだ。全ての家庭犬がこんな風にコンタクトを上手に取れていたら、問題犬などほとんど出てこないだろう。

友人Aさんはただし面白い点をついてこう言った。

「ああいうタイプのホームレスの人って、最初はあまり犬にかまわないの。適当にあしらうのよ。それがいいみたい。だから犬がより飼い主を求めるの。そこでいつでもついてくる関係ができる」

となると、フツーの飼い主はあまりにもかまいすぎて、犬もそれほどコンタクトについて感謝をしなくなる、ということなのかもしない。このへんの、「押して、引いて」の駆け引きが難しいところでもある。

何はともあれ、ウィーンの犬は、ワルツは踊っていなかった。飼い主は、みな規制に忠実だからなのだろう。ウィーンは美しいし、とても整然とした街であった。

(本記事はdog actuallyにて2010年8月4日に初出したものを一部修正して公開しています)