インドの野良犬の色の好みは、青それとも黄色?

文:尾形聡子


[photo from Animal Cognition  fig1] 青、黄色、灰色、どの色がお好き?

色に対する好みはさまざまな生物において確認されています。色の好み、色彩嗜好を持つには色の波長を感じるための機能(錐体細胞)が必要です。しかし生物種によって感知できる色の波長はそれぞれ異なります。もちろん個体差はありますが、人は基本的に赤・緑・青(いわゆるRGB)の3色型色覚で、鳥や昆虫などはそれに加えて紫外線を感知できる4色型色覚です。色を認識するためには網膜に存在する錐体細胞の働きが必要ですが、錐体細胞の種類によって感知できる色が異なります。そのため、生物が備えている錐体細胞が何種類であるかによって色覚型も見え方もそれぞれ違ってくるのです。

色を感知するにはある程度の明るさが必要なのですが、光の刺激そのものに反応するには同じく網膜に存在している別の視細胞である桿体細胞が必要です。桿体細胞は色の識別には関わっていませんが、桿体細胞が不足すると光を感知しにくくなり、夜盲症を発症する原因などにもなってきます。

さて、犬はどうかといえば2色型色覚です。一昔前には犬の見る世界はモノクロなどと言われていましたが、犬は青と黄色の波長を感知する2種類の錐体細胞を持っていることがわかっています。

犬の見る世界に鮮やかな赤や緑は存在していない
文:尾形聡子物を見るためには眼球を構成する膜のひとつ、網膜にある視細胞が光の信号を受け取ることが必要です。視細胞には錐体細胞(すいたいさいぼう:cone …【続きを読む】

3色型の人間が見ることのできる赤系の色と緑系の色の弁別が困難ですが、明度に違いがある場合には色を基準とせずとも物体の違いを区別することができます。犬において赤と黄色と緑は黄色系の色相として感知され、青と紫は青系の色相、シアン(明るい水色)とマゼンタ(ピンクと紫の中間くらいの色)は灰色に見えると言われています。どのように見えるかについては以下のリンク先に人と比較したカラースペクトルがありますのでぜひご覧ください。

https://dog-vision.andraspeter.com/

このように、それぞれの生物によって色の見え方は異なりますが、生活の中で特定の色が果たす役割があると考えられています。たとえば、鳥については、オスの方がおしなべてカラフルなのは繁殖行動の効率を高めたり、花の色を見分けて蜜を吸うなど食物の選別をしたり、鳥のその種における生存能力に関わる生得的なものと考えられています。その一方で、チャイロニワシドリ(Amblyornis inornatus)は特定のカラフルな色に対して嗜好を持つものの、異なる地域の集団においては好まれる色が異なることがあり、色の好みは後天的に形成されるものでもあることが示されています。

では、犬にとって色の手がかりとはどのような意味を持つのでしょう。実はこれまで、犬の色彩認識についての研究は一定のトレーニングを受けた後の色彩弁別課題に焦点を当てたものしかなく、主に、犬の色覚の限界を理解するためのものでした。逆に、犬が2色型色覚であり、青や黄色が区別しやすいことを知っていれば、一般の家庭犬であれば日常生活に困ることはさほどないでしょう。なぜなら犬は色彩だけでなくにおいや形状などさまざまな情報を使って物体を認識しているからです。

けれども、野良犬の場合は事情が異なります。人との接触頻度や食糧入手の困難具合にも影響を受けるでしょうが、生き残りのためにさまざまな情報を得て自ら選択判断していく必要があります。野良犬の数が非常に多いことで知られるインドにおいては、過去に「ブルーボトル」という青い液体を入れたペットボトルを軒先に置いて「野良犬よけ」することが流行ったそうです(以下リンク先にブルーボトルの写真があります)。

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結局、ブルーボトルの効果には科学的な根拠はなく、やはり不妊化手術に努めるべきだという流れになっているようですが、色を使って犬の行動を変えようとする試みは世界的にみても狂犬病による死亡者数が多いインドならではと感じます。そのような状況の中、インド科学教育研究大学の研究者らは、インドの野良犬にはたして色の好みがあるのか、色の違いがどれほど重要であるのかを調べるために、成犬の野良犬に対して4種類の選択テストを行いました。すべてのテストにおいて犬は一度だけ参加、場所を移動しながらそれぞれの実験を進めていきました。


[photo by VasenkaPhotography] インドの野良犬の様子。

実験1:黄色・青・灰色のボウルの3

犬が弁別できる黄色、青、灰色の3種類の色のボウルを使い、①3つのボウルすべてにおやつが入っている、②どのボウルにもおやつが入っていない、のいずれかの条件で134頭の野良犬にテストを行いました。野良犬に対して、3色のボウルを提示し、最初にどのボウルを選ぶか、というものです。トップの写真がこの実験1の選択テスト中の犬の様子になります。

仮に犬に色の嗜好がないとすると、3色のボウルはそれぞれほぼ同じ程度で選択されると考えられるのですが、実際は、おやつの有無にかかわらず黄色のボウルを選択する犬が群を抜いて多いことがわかりました。ボウルの位置や性別は色の選択には影響していませんでした。


[image from Animal Cognition  fig2] 黄色のボウルへのファーストアクセスが多かったことがよくわかる。

実験2:青・灰色のボウルの2

続いて研究者らは、二番目の好みの色を特定するために、青と灰色のボウルを使った二択テストを102頭の野良犬に対して行いました。最初の実験でおやつの有無は選択に影響を与えなかったため、この実験はすべておやつを使って行われました。

その結果、青の選択が44頭、灰色が58頭となり、好みには有意差がありませんでした。二番目に好みの色は特定できなかったということです。

実験3:ボウルを目隠しして黄色・青のボウルの2

犬がボウルの塗料から漂うにおいではなく視覚的な手がかりでボウルの選択をしていることを確かめるために、ボウルにふるいを被せてボウルが見えないようにし、いずれを選択するかテストをしました。

54頭のうち黄色は23頭、青は31頭が選択しており、偶然の確率を超えるものではありませんでした。犬たちは色によって異なるかもしれない塗料のにおいの手がかりを使っていなかったことが示されました。

実験4:おやつなしの黄色いボウル・おやつありの灰色のボウルの2

最後に研究者らは犬が好んだ黄色のボウル(おやつなし)と灰色のボウル(おやつあり)の二つを示したとき、犬がどちらを選ぶかテストを行いました。おやつがあるかないかがハッキリとわかるように、ボウルはひっくり返され、その上におやつを置きました。犬が色に惹かれるのか、あるいは食べ物に惹かれるのかをみてみよう、というわけです。

その前に、二つの黄色のボウルを使い、片方はおやつ(ビスケット)あり、もう片方はおやつなしで提示したところ、おやつありが35頭、おやつなしが19頭とおやつが乗っている方を選ぶ犬が多いことがわかりました。その後、おやつなし黄色ボウルとおやつあり(ビスケット)灰色ボウルでテストをしたところ、52頭中41頭がおやつなしの黄色ボウル、11頭がおやつありの灰色ボウルを選ぶという結果になりました。

さらに、おやつの好みの影響があるかどうかを確認するために、鶏肉を使って同様にテストを行いました。その結果、61頭中、おやつなしの黄色ボウルを選んだのは47頭、おやつあり(鶏肉)灰色ボウルを選んだのは14頭でした。なんと、食べ物よりも黄色という色に軍配が上がった結果となったのです。

テストの様子は以下のリンク先より5種類の動画を見ることができます。インドの野良犬たちのさまざまな生活環境の様子も同時にわかるので、ぜひ一度ご覧になってください。

Ready, set, yellow! color preference of Indian free-ranging dogs - Animal Cognition
Most of the research on color vision related behaviors in dogs has involved t…【続きを読む】

研究者らは今回の結果を受け、少なくともインドの野良犬たちは青や灰色よりも黄色を好み、その嗜好は非常に強く、ビスケットや鶏肉などの食べ物よりも惹きつけられる傾向にあることが判明したと結論しています。食べ物よりも色を基準に選択するということは、野良犬にとっては重要な食料資源を失うことになりかねず、その背景に何らかの理由や生態学的な利点があることが考えられます。しかしそれについて明らかにするにはさらなる研究が必要だと述べていました。


[photo by nevil zaveri] インドの野良犬。

家庭犬の色の好みやいかに?

インドの野良犬と日本の家庭犬とではまったく生活環境が違います。もし日本の家庭犬でも同じ傾向が見られれば、黄色への犬の嗜好はかなり古くから犬全体に存在している生得的な特徴とも考えられます。あるいはハッキリした嗜好が示されないようなら、それは生活環境や、インドという土地と関連する生態学的な利点が後天的に黄色への嗜好を後押ししている可能性が考えられます。

いずれにしても今回の研究は非常にわかりやすく、犬の色の好みを探るのにやりやすい実験だと思います。色違いの容器やおもちゃなどを使って、皆さんも愛犬の色の好みをチェックしてみてはいかがでしょうか?

ちなみに過去の研究で、色ではなくて人の洋服の柄に対する犬の警戒心を調べた研究がありますので以下も併せてぜひどうぞ。犬に着せる服の柄にも注意が必要かもしれませんね。

ボーダーシャツには注意が必要?犬が洋服のパターンに見る警告色
文:尾形聡子哺乳類、植物、昆虫などの生物に広く見られる警告色。一般に派手な色彩、はっきりとした縞模様などを体表に持つ生物の多くには毒があり、捕食者から自ら…【続きを読む】

【参考文献】

Ready, set, yellow! color preference of Indian free-ranging dogs. Animal Cognition 28(1):7. 2025

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