犬の鼻がヒンヤリしているのには理由があった!においだけじゃない、熱までもキャッチする優れもの

文:尾形聡子

[image from Scientific Reports]
気温27度、日陰にいる犬のサーモグラフ。右側のカラースケールは気温に対する色をあらわす。鼻は黒く(温度が低い)舌は白く(温度が高い)ことが顕著にあらわれている。

犬の鼻といえば嗅覚。犬のにおいセンサーが桁外れに優れているのは皆さんよくご存じのこと。人が感じられないにおいを検出できる犬は、自らをにおいで認識したり人の感情を嗅いだり時間までをもにおいから察知できる能力を持つなど、その嗅覚をフルに使っていることが明らかにされてきています。

そんな犬の鼻先は、ほかの体の各部位と比べると得てしてひんやり湿っているのも大きな特徴のひとつ。また、鼻先を強く触られるのを嫌がるものですが、それは感覚神経が豊富に存在している敏感な場所であるからです。

犬の鼻が常にひんやりの謎に迫る背景

鼻の穴(鼻孔)が存在している鼻先のその部分は毛の生えない皮膚でできていて、鼻鏡(びきょう:rhinarium)といいます。人にはない鼻鏡はほとんどの動物が持っているのですが、それぞれの種により鼻鏡の役目も少しずつ異なります。たとえば地下で生活するモグラにとって鼻鏡は大切な触覚器官です。

そして肉食動物と草食動物の鼻鏡を比べてみると、温度がかなり異なることが知られています。草食動物は絶えず温かいのですが、一方で肉食動物は冷たいのです。また、以前の研究で、外気温が30度のときに成犬の鼻鏡は5度低く、15度でほぼ等しくなり、0度まで下がると8度と逆転していることが示されています。犬は恒温動物で鼻鏡は体の一部ではあるものの、そこだけは外気温に対応する温度変化がかなりあることになります。

通常、生物の皮膚組織の温度が下がると感覚器としての感度が鈍ります。しかしヘビは例外で、ニシキヘビなど数種のヘビは鼻孔のようなピット器官とよばれる赤外線を感知するセンサーを持ち、それを使って獲物から発せられる熱を感じ取ることでより正確に攻撃することが知られています。そしてピット器官が冷えているほど熱に対する感受性は高まり、攻撃の正確性は増すことが知られています。

スウェーデンのルンド大学とハンガリーのエトヴェシュ大学の研究者らは、このような背景を前提に、犬の鼻が冷たいのはヘビと同様、祖先であるオオカミが温かい動物をより効果的に捕獲するために備えていた機能であり、すなわちそれは鼻鏡が冷たい状態を保つ機能を受けついでいるためであると仮定。彼らはサーモグラフと脳活動を調べるためにfMRI(functional magnetic resonance imaging:磁気共鳴機能画像法)を使って検証し、結果を『Scientific Reports』に発表しました。

はたして犬は熱を感じられたか?

まずはルンド大学において、3頭の家庭犬(成犬、9キロ、18キロ、40キロ)が実験に参加。犬は約1.6メートル離れた場所に見えないようにして置かれた同じ量と種類の食べ物を含む2つのボウルのうち、温かい方を選ぶようトレーニングを受けました(選別するのに視覚や嗅覚には頼れず、温度差だけを頼りにするしかない状況になります)。温かい方は31度、低い方は室温の19度、その差が11~13度になるよう設定されました。トレーニング後にテストを行った結果、3頭すべての犬が統計的に有意な確率で温かい方を選択できるようになり、平均正解確率は72%となりました。

こちらの動画は研究の要旨を映像にまとめたものです(英語になります)。選択実験の様子が多少想像しにくいと思いますので、よろしければ動画をご覧ください(51秒くらいから)。

次に、わずかな熱源の温度の違いにより犬の神経反応が変化する脳領域があるかどうかを調べるために、エトヴェシュ大学においてfMRI実験が行われました。参加したのは13頭の家庭犬(ゴールデン、ボーダー・コリー、ミックスなど)。犬はfMRIの中で伏せてジッと動かないでいられるようトレーニングを受けました。熱刺激として使われたデバイスは直方体の木箱のようなもので、熱刺激は室温(平均22.5度)よりも平均10.7度高くなるように設定され、犬の鼻先240㎜のところに置かれました。

このようにして、室温または温められたデバイスを前にしたときの犬の脳の活動を測定した結果、温められたデバイスを前にしたときのみ、脳の左半球にある体性感覚皮質(体の各部位から体性感覚*の入力を受け取る領域)に反応がみられ、室温のものに対しては脳のどの部分にもまったく反応が見られませんでした。ちなみに脳機能には左右差がありますが、これまでの研究で狩猟などの摂食反応は主に左脳にバイアスがかかって処理されていることも多くの研究で示されているそうです。

*体性感覚とは触覚、温度感覚、痛覚の皮膚感覚と、筋や腱、関節などに起こる深部感覚から成り、内臓感覚は含まない。皮膚感覚が皮膚表面における感覚であるのに対し、深部感覚とは身体内部の感覚を意味する。後者は固有感覚または自己受容感覚とも呼ばれ、筋受容器からの伸縮の情報により、身体部位の位置の情報が得られる。(脳科学辞典より

一連の実験結果について研究者らは、においの感知とは異なる犬の新たな感覚システムが発見されたと考えているようです。そしてこの犬の感覚システムは、犬の祖先であるオオカミが狩猟を行うとき、嗅覚、視覚、聴覚などにくわえて近場にいる「獲物の体温」を発見するのに利用している可能性があり、犬はそれを受けついでいるのだろうと考えられるとしています。ただし、今回の結果からはそれは近距離に限ったことで、長距離の熱変化をどれだけ感じられるかどうかは未知数です。さらにはオオカミだけでなくほかの肉食動物においても熱感知を利用した狩猟が行われている可能性があることを示したものだとも述べています。

[photo by Extra Zebra]
もしかしたら犬の熱感知は、”犬にとっては熱すぎる人の食べもの”を避けるために進化させた能力?なんて思ったけれども、どうやらそれは違いそう。

犬の鼻は嗅覚、そして体の最も前に位置するため感覚器としても大いに活躍するものと思っていましたが、それにプラスして熱感知という新たな機能も持ち合わせていることが科学的に証明されました。これは、もしかしたら人命救助の際にも犬は利用しているのかも?と思うものです(今回の結果からは近距離に限られますが)。いずれにせよ、犬のあのヒンヤリと湿ったなんともいえない艶やかな鼻は、もうそれだけで人の心をわしづかみにするほど愛らしいと思うのは、決して私だけではないはずですよね。

【参考文献】

Dogs can sense weak thermal radiation. Scientific Reports, 10, 3736. 2020.

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